「しかし、どうしても必要なことはわずかです。
いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを
選んだのです。彼女からそれを取り上げては
いけません。」(ルカの福音書10章42節)
マリヤはイエスの尊い御足もとで自分の時間を使うことを選びました。
その日マリヤが聞いた事柄は彼女の心に刻みつけられ、
取り去られることは無かったでしょう。
もし私たちが主イエスキリストを自分の救い主として信じているなら、
主のことば、主の愛の手紙は私たちに宛てて書かれたものです。
私たちが主のことばを読むとき、また主に聞くとき、祈るとき、
マリヤがその日した同じように、私たちは主イエスの御足もとに
座っているのです。
何と尊い場所でしょう。
私たちが真の喜びや平安を見出すことが出来るのは
唯一その場所だけです。そしてそれは良いほうであり、
決して私たちから取り上げられてはならないのです。
あなたの日の最善を主に捧げましょう。
-V.Gaynier
私たちが小羊を見つめるとき、私たちの咎が赦されたのを見るとき、
私たちの勝利の歌が立ち上るとき、
ここで私たちは天が明けるのを見出すのです。
-J.Allan