神が私の苦しみの地で私を実り多い者とされた。
             (創世記41章52節)
この地上は私たちの住処ではありません。

私たちはこの異国の地で唸っています。
というのは、私たちが満足するのは、
主と顔と顔を合わせて会う時だけだからです。

しかしその時が来るまでは、私たちは
主が私たちになさしめたいと望んでおられることをなすという
仕事にあたらなければなりません。

「それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、
サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、
彼らに罪の赦しを得させ、(後略)」(使徒26:18)

私たちはあらゆる機会を、死につつある世界に
主イエス・キリストというすばらしい贈り物を
分かち合うチャンスとして見なければなりません。

おそらく、主は今日来られて、悲しみは消える(cease)でしょう。
しかし、もしそうでなくても、私たちは主が盛んになるように(increase)、
働こうではありませんか。
-V. Gaynier


Thanks we give and adoration for Thy gospel's joyful sound;
 /私たちは感謝をささげ 喜びに満ちた福音の調べを慕います
May the fruits of Thy salvation in our hearts and lives abound;
 /私たちの心と歩みの中に あなたの救いの実が豊かになりますように
Ever faithful, ever faithful to the truth may we be found.
 /真理に基づく実が今まで以上に 私たちの内に見られますように
-Fawcett