「ほむべきかな。日々、私たちのために、
重荷をになわれる主。
私たちの救いであられる神。   セラ」
(詩篇68篇19節)


私たちは物質的なものだけを覚えて神に感謝するのではなく、
私たちが楽しむ多くの霊的な祝福をも覚えて感謝するのです。

罪が赦されていると知ることは何と言う安心でしょう。
神はその罪をもはや思い出されないのです。

今や私たちは神の子と呼ばれます。
なぜなら、私たちは神の愛する御子にあって
受け入れられているからです。

ただ考えてみましょう。
私たちは確かに天に家を持ち、受け継ぐものを持っているのです。
なぜなら、私たちは聖霊によって証印を押されているからです。

素晴らしい約束です!
素晴らしい栄光の望みです!
-E. MacLelland


With such a blessed hope in view we would more holy be,
 /祝福された望みをもって 私たちはもっと聖なる者とされる
More like our risen, glorious Lord, whose face we soon shall see.
 /ますます私たちのよみがえられ栄光に満ちた主に似せられていく
    この方の御顔を私たちは仰ぎ見るのである