「確かにこの幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、
うめいています。それは、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、
かえって天からの住まいを着たいからです。そのことによって、
死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです。」
                    (コリント人への手紙第二5章4節)


時々休みなく忙しくすることについて心に責めを感じたことはありませんか。
その時こそ、私たちは祝福を受けているのであり、まったく満足するべきです。
私たちがいつも完全な喜びを得られないとしたら、どこかおかしいのでしょうか。

おそらく、休みなく忙しくすることは、天の故郷からの贈り物でしょう。
私たちがこの世の過ぎ行くものに心地よく感じることを
妨げてくれるのですから。

ある訳の聖書を見ると、第二コリントの5章3~5節はこのように書かれています。
「神の御霊は、私たちの前に置かれているものを味見させることで
私たちの食欲を増進させるのである。御霊は私たちの心に、天の一部を与える。
私たちが天に足りないものに安住してしまわないためにである。」
-C. Cairns


Hark! Ten thousand harps and voices, sound the note of praise above;
 /叫べ 一万の竪琴と歌声よ 天の賛美の音色を奏でよ
Jesus reigns and heaven rejoices, Jesus reigns, the God of love.
 /イエスは統べ治め 天は 愛の神を喜び讃える
-T. Kelly