※読んでいて具合が悪くなるようでしたら、途中で読むのをお止めください。
Twitterを始めた僕は、久しぶりにコミュニケーションの楽しさを感じました。最初は仕事で苦しかったこと、辛かったこと、今の心情など、どちらかといえばネガティブなツイートをしていましたが、(実際の体調はよくありませんが)徐々にTwitter上では冗談を言い合ったり、言葉遊びをしたりなど、ポジティブなやり取りができるようになってきました。
ただ、これは僕の性格なのでしょう。辛そうなツイートを見ると、どうしても放っておけなくて、自分に何かできないかとあれこれ考えて、ほとんど全てのTLにリプを返すようになりました。そうなると1日の多くの時間がTwitterに割かれてしまいます。また、相手を心配するあまり、何度か人間関係のトラブルに発展することもありました。ネット上の人間関係のトラブルはよくあることでしょうが、当時の僕にはだいぶ堪えました。
それがきっかけというわけではありませんが、一時期熱中しすぎたTwitterとはほどよい距離感でフォロワーさんとのやり取りを楽しめるようになりました。実際の友人と会うのはまだまだ怖い時期でしたから、フォロワーのみなさんとお話しできる時間はとても貴重なものでした。
休職して2-3ヶ月が経って、ようやく近所のスーパーなどに行けるようになりました。
少しだけなら散歩をしたり、筋トレをしたり、運動もできるようになってきました。
しかし、クラス担任という意味では、もう復帰は無理な状態でした。(体調的にも、立場的にも。)
実際のところ、僕が休職に入った時点で、学校は担任の変更を決定しました。進路のかかった大事な時期ですから、当然の判断です。そのことを知ったのはクラスの生徒たちが卒業してからですが、仮に僕の休職が1週間や2週間で済んだとしても、初めて担任したクラスの生徒たちを卒業生として送り出す夢は、休職した時点で潰えてしまっていたわけです。
休職して3-4ヶ月。徐々に体調もよくなり、精神的な落ち込みも少なくなってきました。
そして、卒業式が近づいてきました。
クラス担任として卒業式に出ることは当然無理なわけですが、休職するまで2年半、自分を犠牲にしてまで精一杯接してきた生徒たちです。その生徒たちの晴れの姿を見たいと、学校側に「隅の方から立ち見でも構わないので、卒業式に参加させていただけないでしょうか。」と、お願いをしました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この続きはNo.3でお話しします。
