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temaibu21(いぶき)

うつ闘病記。
みなさんに僕と同じような辛さを経験してほしくありません。
みなさんが笑顔で過ごせるよう、僕の経験を伝えていきます。

本当にタイミングは重なるものです。

 

妻と結婚し、初めての担任を持ち、これから頑張っていこうというタイミングで、妻がパニック障害になりました。

妻の心配と慣れない仕事に神経をすり減らし、うつ病になりました。

(本当は、「③教員になってから休職に至るまでの経緯」で話そうと思っていた内容です。)

 

そして今回、やっとうつ病から回復し、復職も決まり、これからまた頑張っていこうというタイミングで、妻が入院してしまいました。

 

だからといって、妻のせいにはしたくありません。

 

今はただ、同じ過ちを繰り返さないよう、自分で抱え込みすぎないよう、そう意識するのみです。

 

今、病院から帰ってきて、さすがにしんどいです。

でも、うつの症状をぶり返したくありません。

今日はゆっくり休めるといいな・・・。

 

朝起きると、妻がトイレで倒れていました。

腹痛と、激しい頭痛と、目眩・・・立っていられない状態でした。意識はあったので、慌てることなく状況確認を行い、救急車を呼ぶことにしました。

119番。妻の状況を説明していたら、電話を切る頃にはもう救急車が到着しました。

 

最寄りの総合病院へ搬送され、頭部・腹部・血液の検査を受けました。

幸い、大きな病気ではなく、便秘や睡眠不足で身体のバランスを崩しているのではないかとのことでした。

経過を見るため、数日間の入院となりましたが、そこまで心配はなさそうです。

 

僕の方は慌てることなく対応できましたし、今もこうしてブログが書けるほど落ち着いています。

もちろん妻のことは心配ですが、心配するあまり自分で自分を追い詰め、せっかく復職目前にまで回復したうつ病が悪化してはいけません。

そういう意味では、妻が入院したこと自体は残念なことですが、今の僕の精神状態は、復職へ向けてはより自信を持てるものです。

 

今、ブログを書きながら入院に必要なものを準備し終えたところです。

これから病院へ行ってきます。

 

妻の回復を願って、妻の大好きな手鞠の写真を載せておきます。

 

 

 

僕はSEKAI NO OWARIの「Dragon Night」が好きです。曲自体もそうですが、歌詞が好きです。

一節を紹介します。

 

人はそれぞれ「正義」があって、争い合うのは仕方ないのかもしれない

だけど僕の嫌いな「彼」も彼なりの理由があるとおもうんだ

 

ここで「正義」とは何かですとか、宗教の争いですとか、そういった大きな話をするつもりはありません。

ただ、人間には自分なりにゆずれない「正義」があると思うんです。僕にもあります。

それは様々な認知(思考)のプロセスを経て形成されたものです。自分に自信にある人であれ、そうでない人であれ、「これだけは譲れない」というものがあるのではないかと思います。

 

前置きが長くなりましたが、この「認知(思考)」。

僕は、お恥ずかしい話、自分の認知(思考)は理にかなっているものと信じていました。しかし、うつ病になって自分の認知(思考)が思い通りにいかなくなったとき、この後で紹介する本で「認知のゆがみ」を知って、僕は自分の「認知(思考)」が絶対であると盲信し、知らず知らずのうちに招いていた思考(認知)のゆがみに気づいていなかったことに気づきました。

これは僕にとって大きな気づきで、これから何らかの問題を抱えた際などは、自分の認知(思考)を客観視することを忘れないようにしたいと思います。

 

 

『特徴的な認知のゆがみ』

①根拠のない決めつけ

②白黒思考

③部分的焦点づけ

④過大評価・過小評価

⑤べき思考

⑥極端な一般化

⑦自己関連づけ

⑧情緒的な関連づけ

⑨自分で実現してしまう予言

 

大野裕「こころが晴れるノート うつと不安の認知療法自習帳」2003年、創元社(P.50-P.51)

 

 

例えば僕など②がそうで、何でも完璧を求めてしまいます。また、⑤もそうで、「あのときこうすべきだった」など、過去のことをずっと引きずってしまいます。⑦もそうですね。何かよくないことが起きると、すべて自分のせいに思えました。

 

これから先、うつ病とうまく付き合っていくためにも、自分の認知プロセスを客観視することは大切なことだと思いました。