僕はSEKAI NO OWARIの「Dragon Night」が好きです。曲自体もそうですが、歌詞が好きです。
一節を紹介します。
人はそれぞれ「正義」があって、争い合うのは仕方ないのかもしれない
だけど僕の嫌いな「彼」も彼なりの理由があるとおもうんだ
ここで「正義」とは何かですとか、宗教の争いですとか、そういった大きな話をするつもりはありません。
ただ、人間には自分なりにゆずれない「正義」があると思うんです。僕にもあります。
それは様々な認知(思考)のプロセスを経て形成されたものです。自分に自信にある人であれ、そうでない人であれ、「これだけは譲れない」というものがあるのではないかと思います。
前置きが長くなりましたが、この「認知(思考)」。
僕は、お恥ずかしい話、自分の認知(思考)は理にかなっているものと信じていました。しかし、うつ病になって自分の認知(思考)が思い通りにいかなくなったとき、この後で紹介する本で「認知のゆがみ」を知って、僕は自分の「認知(思考)」が絶対であると盲信し、知らず知らずのうちに招いていた思考(認知)のゆがみに気づいていなかったことに気づきました。
これは僕にとって大きな気づきで、これから何らかの問題を抱えた際などは、自分の認知(思考)を客観視することを忘れないようにしたいと思います。
『特徴的な認知のゆがみ』
①根拠のない決めつけ
②白黒思考
③部分的焦点づけ
④過大評価・過小評価
⑤べき思考
⑥極端な一般化
⑦自己関連づけ
⑧情緒的な関連づけ
⑨自分で実現してしまう予言
大野裕「こころが晴れるノート うつと不安の認知療法自習帳」2003年、創元社(P.50-P.51)
例えば僕など②がそうで、何でも完璧を求めてしまいます。また、⑤もそうで、「あのときこうすべきだった」など、過去のことをずっと引きずってしまいます。⑦もそうですね。何かよくないことが起きると、すべて自分のせいに思えました。
これから先、うつ病とうまく付き合っていくためにも、自分の認知プロセスを客観視することは大切なことだと思いました。
