16世紀後半から17世紀前半は、アイリッシュ・ハープの黄金時代でした。
アイリッシュ・ハープは王侯貴族の間で大変もてはやされました。
エリザベス1世の宮廷にはコーマック・マクダーモットというアイルランド人ハープ奏者が雇われており、ダニエル・ダフ・オカヒルという盲目のハープ奏者が英国王室でアン・オブ・デンマークとヘンリエッタ・マリアに仕えていました。
ダービー・スコットはデンマークのクリスティアン1世の宮廷でハープを演奏していました。
ジェームズ1世は自身が優れたハープ奏者として有名でした。
哲学者フランシス・ベーコンはアイリッシュ・ハープの「とろけるような長い響きをもった」音色を絶賛しています。
16世紀末のアイルランドを描写した次のような言説があります。
「一般的に彼らはひどい音楽中毒である。アイルランドにはハープを演奏できないジェントリはいないし、すべての家に1、2台のハープがある。彼らはいつも食事の際や、それ以外の楽しみの時間にハープを演奏する奏者を雇っている」
アイリッシュ・ハープの流行とともに、楽器の構造に変化が見られるようになります。
17世紀前半には弦の数を増やして、臨時記号が演奏できる改良が試みられたのです。
そのような実例として「ダルウェイ残欠」があります。
ネックに残されたピンの配置からこのハープは、臨時記号が演奏できる楽器だったと考えられています。