ジョンとポールの二声のハーモニーが美しいIf I Fell(The Beatles)のハーモニー分析を行った。




譜例に示した分析記号の一覧を次に示す。

  • 音符の下に記された数字は両声間の音程を示す。
  • (C.T.)は 和声音(コードトーン)を示す。
  • (カ)は経過音を示す。
  • (シ)は刺繍音を示す。
  • (イ)は倚音を示す。
  • 点線スラーはイマジナリーな連続性を示す。

 

以下譜例に示した①②③の箇所の分析を個別に解説する。

 

"just holding hand"の後"If I..."から2声のハーモニーが始まるが、実際に歌ってみるとこの入りはとても取りにく難しい。
ジョン(譜例上段)は"If"をD音ポール(譜例下段)はその6度上でB音を歌っているが、両声共に非和声音なのである。
 
ジョンのパートだけを見ると Dのコード上のメロディーを歌っていると解釈することも可能だが、そうするとポールのパートが全て非和声音になってしまい辻褄が合わない。したがって筆者は"If I.."はAのコード上のハーモニーだと解釈した。

"Just holding 'hand' の最終音はジョンが歌うAである。実はこのA音をポールの導入音Bが引き継いているのである。
そうすると、ポールの導入音Bは経過音として解釈ができる。
 
一方ジョンが"If"の箇所で歌っているD音は解釈が難しい。倚音と解釈できないこともないが、全音の下方倚音というのも不自然である。そこで筆者は"If"のD音の前に実際には歌われないC#音があると仮定した。それをイマジナリーコードトーンと呼ぶことにする。もし、イマジナリーコードトーンが実際に歌われたとしたら、次のようなハーモニーになるだろう。

  
仮にこれを「原型と考えるならば」①の箇所はC#音をイマジナリーコードトーンとして省略するとともにパート間のスイッチを行ったものと解釈することができる。

この作品を通じてもっともスリリングな箇所だろう。
その理由としては同度のC#からジョンは半音下がって7thのCを、ポールは3度上がって9thのEをとっていることがまず指摘できる。
それに加え、和声学上は7thと9thは下行限定進行音と言われ通常は2度「下がって」お隣のコードトーンに解決されるべき音なのであるが、この場合それに反して下行限定進行音が上行しているため、大きな緊張感が伴っていることもこの箇所の魅力に繋がっている。
 

"Would be sad if our new love"の "love"でジョンは5度下行するが、その直前で歌われるE音は未解決の非和声音である。
このE音は6thにあたり、ビートルズ、とりわけジョンの作品を特徴づける音であることを最後に指摘しておこう。