The Beatlesの最後のアルバム Abbey Roadが Golden Slumber -The Endで大団円を迎えたあと、唐突に始まり、唐突に終わるHer Majesty。筆者はこの曲がポールのビートルズへの未練を表しているように思えてならないのである。

 

時は流れ、Abbey Roadから26年後、ジョンの残したテープにポール、ジョージ、リンゴが音を重ねてThe Beatlesの新曲として発表した Free As a Birdという作品がある。鳥の視点からビートルズの軌跡をたどるミュージックビデオは感動的で、ラストにアビーロードの横断歩道に「帰る」シーンは涙なくしては見れない。

 

ビートルズは音楽性はもちろんのこと、その青春物語としての美しさに大きな魅力があることをFree As a Birdのミュージックビデオは我々に教えてくれる。Free As a Birdをエピローグとして、そのあまりに美しい物語は幕を閉じた。

 

本稿の冒頭で、Her Majestyがビートルズを終わらせたくないポールの未練を表現しているという筆者の解釈を示した。このことは音楽的に次のように解説することができる。Her Majesty の調性はKey of Dであるが、曲の最後は主和音Dで終わらず、Dメジャースケールの属音、A音で未解決のまま唐突に終わる

 

主和音に解決することなく、属音(ドミナント)で投げやりに終わる終結部は、ビートルズの呪縛による支配(dominat)から逃れる(resolv)ことなく30年以上の長きにわたりビートルズを背負い続けるポールの未来を暗示しているかのようでもある。

 

ここでHer Majestyから四半世紀たって発表されたFree as a Birdの調性に関する興味深い発見を提示したい。Free As a Birdの調はKey of A、そして一度曲が終止したあとフェイドインするバンジョーのソロの調は Key of Dである。何かに気がつかないだろうか?

 

そう、Free as A Birdの調であるAは、ビートルズ最後のアルバムの最後でポールが投げやりにつまびいたA音を主和音とする調であり、曲が閉じられるバンジョーのソロの最後のコードDは Abbey Roadの最後の曲,Her Majestyの最後で本来なら鳴らされるべきであった和音なのである。

 

つまりFree As A Birdは未解決のままだったビートルズへの思いが、四半世紀の時を超えて閉じられる物語として解釈できるのである。