凝ったコード進行よりも、当たり前の単純なコードが劇的に響く場合がある。The Beatlesの If I Fell《恋におちたら》で、その優れた例を聴くことができる。
If I Fellの冒頭のコード進行とその分析を次に示す。
If I Fell (Lennon-McCartney)
Ebmから始まる歌い出しは Key of DbのIIm、その次のDは代理ドミナント、いわゆる「裏コード」で、その後に主和音のIに解決すると解釈できる。
要はI-VIm-IIm-V の定型的なコード進行をIImから始めてVを代理コードに置き換えただけなのだが
- IImから開始される
- バスがクロマチックに進行する
という理由から調性感は極めて希薄である。
調性がはっきりとするのは、主調 Key of Dが確定される7-8小節目である。この部分で始めて裏コードを伴わないIIm-V-Iの終止形が登場するため、そのサウンドは劇的に響く。この優れた効果は不安定から安定への推移に伴うカタルシスにほかならない。
そして、そのコード進行を冒頭部の歌詞に関連付けて解釈することでジョン・レノンの天才性が浮かび上がる。
If I fell in love with you
(もしも私があなたに恋をしても)
Would you promise to be true
(裏切らないと約束してくれますか)
And help me understand
(私にわかるようにしてくれますか)
‘Cause I’ve been in love before
(なぜなら私は以前恋をして)
And I found that love was more
(気が付いたのです。愛はずっと大切だということに)
Than just holding hands
(ただ手を握ることよりも)If I Fell(Lennon-McCartney) 訳は筆者による。
ここでは恋をすることに対する不安が歌われており、不安の音楽的表現が、冒頭部の不安定な調性であると解釈することが可能だろう。
そして、不安定な気持ちとは対照的な”than just holding hands”という強い意思を伴うテクストにII-Vの終止形が割り当てられており、とりわけ”just”という、意思のニュアンスを含む単語をIIが鳴り響く小節の第一拍で歌っている点において、ジョンの感性の鋭さが感じられる。
If I Fellを演奏するときは、冒頭部を流してしまわず、II-Vの箇所を大切に、とりわけIIの部分、”Just”という言葉をでいったん立ち止まるように、置くように、大切に演奏する、あるいは歌うことで説得力が格段に増すだろう。
なお、作曲家の山本 準氏もご自身のブログで、If I Fellを4声体に編曲しアナリーゼをされているので参照されたし。