レジ周りで手に取った商品。

買うものは決まっている。

今日はこれだけ。

そう思ってカゴを持って歩いていたはずなのに、最後の最後。

レジへ向かう途中や、並んでいるその横にある商品が目に入る。

やっぱりホットスナックとか、
おでんかなあ。

取っちゃうよねえ。

腹が減っているわけでもないのに、
レジ横に並んでいる揚げ物を見ると、
「まあ、ひとつくらいなら」となる。

おでんなんかもそうだ。

あの湯気と、
だしの匂い。

大根でも卵でも、
何かひとつ取ってしまえばいいような気がしてくる。

そして割引き商品。

これも強い。

「安くなっている」という事実だけで、
急に買う理由ができてしまう。

必要だったから買うのか。

安いから買うのか。

もはやよくわからない。

レジまで来て、
財布を出す直前に増える買い物。

冷静に考えれば、
別にいらなかったかもしれない。

でも、その場では欲しかった。

こういう小さな誘惑に毎回負ける。

そして家に帰って袋から出して、

「なんでこれ買ったんだろうな」

と思う。

それでも次にコンビニへ行けば、
また同じところで足が止まる。

人間、
最後の最後まで油断ならない。

買い物というのは、
店に入った時点で終わっているわけではない。

むしろレジ周りに来てからが、
最後の戦いなのかもしれない。

レジ周りで手に取った商品

 

 

 

 

 

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ブログを始めたきっかけなんて
今となっては、もうはっきり覚えていない。

たぶん最初から
「文章を書いて誰かに読んでもらおう」なんて
たいそうなことを考えていたわけではない。

何となく始めた。

これが一番近い。

日々働いて、
家に帰って、
飯を食って、
子どものことをして、
また仕事へ行く。

そんな繰り返しの中で、

今日あったこととか、
くだらないこととか、
腹の立ったこととか、
妙に笑えたこととか。

そういうものが
頭の中に残っていく。

そのままにしておけば
たぶん忘れる。

忘れても別に困らない。

でも、せっかく一日生きて、
何かを感じて、
何かを考えたのに、

全部そのまま流れていくのも
なんだかなあと思った。

だから書いた。

最初はたいした文章でもない。

今だって
たいした文章を書いているとは思っていない。

ただ、

「あの日、こんなこと考えてたな」

と後から読める。

それだけでも
少し面白かった。

ブログを書くようになってから、
何でもない一日にも
少しだけ引っ掛かりを探すようになった。

雨が降れば、

「今日は雨だった」

で終わっていたものが、

雨のせいで気分が重いのか、
単純に仕事が嫌なのか、
眠いだけなのか。

そんなことを考える。

仕事でムカつけば、
ムカついたまま終わるのではなく、

「俺は何に腹を立てているんだ?」

と一回眺めてみる。

飯を作れば、

「今日はこれ作った」

で終わっていたものが、

思ったよりうまかったとか、
味が濃かったとか、
片栗粉いらなかったなとか。

そんなことまで書く。

別に人生が豊かになったわけじゃない。

相変わらず
面倒くさい日は面倒くさいし、
仕事には腹が立つし、
眠い日は眠い。

それでも、

何でもない一日の端っこを拾って
文字にしておく。

それが案外、悪くなかった。

ブログを始めた理由を
今になって一言で言うなら、

「自分の中に溜まっていくものを、
どこかに吐き出したかった」

なのかもしれない。

ただ吐き出すだけなら
もっと簡単な方法はいくらでもある。

でも文章にしてみると、
自分でも気づいていなかったことが
少し見えてくる。

腹が立っていたと思ったら、
実は寂しかったり。

やる気がないと思ったら、
単純に疲れていたり。

どうでもいいと思っていたことが、
案外どうでもよくなかったり。

そういうものを
きれいに答えまで出さずに置いておく。

それが俺にとってのブログなのかもしれない。

何かを教えるためでもない。

正しいことを言うためでもない。

成功した人生を見せるためでもない。

今日も働いて、
家に帰って、
飯を食って、
くだらないことを考えて。

その途中で、

「あ、これ書いとこう」

と思ったものを書く。

それだけ。

ブログを始めて
何年経ったのかも、
どれだけの記事を書いたのかも、
たまに分からなくなる。

それでもまだ書いている。

ということは、

たぶん俺には
それなりに必要だったんだろう。

何者かになりたくて始めたわけじゃない。

何者にもなれていない今も、
こうして書いている。

今日もまた、
何でもない一日を
何でもないまま終わらせずに。

ほんの少しだけ
文字にして置いていく。

ブログを始めたきっかけなんて、
結局そんなところだ。

ブログを始めたきっかけ

 

 

 

 

 

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昨日、嫁さんから

「クリーム煮作って」

と頼まれた。

はいはい、と。

レシピを見ながら、
材料を切って、
炒めて、
煮込んで。

普段から料理はするものの、
毎回すべてを感覚だけで作れるほどの腕前でもないので、
素直にレシピを見る。

そして無事にクリーム煮ができた。

まあ、食える。

いや、ちゃんとうまい。

嫁さんにも食べてもらって、
昨日はそれで終わった。

と思っていた。

翌日。

鍋に残ったクリーム煮を眺めながら、

これ、
トマト缶入れたらパスタソースになるんじゃね?

と思った。

クリーム煮は昨日の料理。

今日は今日の料理にしてしまえばいい。

ということで、
トマト缶をぶち込む。

少し味を見て、
鶏油も足してみる。

トマトの酸味に、
鶏の脂っぽいコク。

これはこれで悪くない。

ただ。

片栗粉。

これはいらなかった。

昨日のクリーム煮には必要だったのかもしれない。

でも今日のパスタソースには、
完全に余計だった。

なんとなく、

とろみがあったほうがいいだろう。

くらいの気持ちで入れたのだが、

パスタに絡むソースというより、
ちょっとしたトマトあんかけ感が出てしまった。

料理は難しい。

昨日うまくいったものを、
今日ちょっと弄っただけなのに、
別の問題が出てくる。

けれど、
こういうのも家庭料理なんだろう。

毎回完璧なものを作るわけでもなく、

昨日の残りを眺めて、

これ入れたらどうなるんだ?

と考えて、

やってみて、

ああ、
これはいらなかったな。

となる。

それでも食卓には出せる。

そして家族は食べる。

たぶんこれでいい。

料理人じゃない。

毎日、家族が食べるものを考えているだけだ。

昨日のクリーム煮が、
今日はトマトクリームっぽいパスタになった。

明日また何か残ったら、
今度は何にしてやろうか。

ただし、

片栗粉。

お前はもういい。