2011年3月11日金曜日、午後14時46分。
2001年9月11日火曜日、午前9時3分。
1995年1月17日火曜日、午前5時46分。
20世紀後半から21世紀の3つの大きな出来事をしっかりと記憶に留めておく必要がある。
2011年3月11日のこの時間、私は
日本橋丸善の平積みの本を眺めながら、
八重洲方面に歩いていた。
突然、一斉に人々が空を見上げた。
声にならないドヨメキが道端を突き抜ける。
小さな悲鳴‥
一時して、私はそれが、巨大な地震であることに気がついた。
脳にインプットされた瞬間、
空を見上げた。
ビルが紙のように左右に揺れている。
目の前のビルが、覆いかぶさってくるように見える。
眩暈がする。
若者が携帯で状況の把握をしようとしている。
長い、長い揺れ。
幸いにしてモノや看板は落ちてこなかった。
若者は叫んだ! 仙台沖で震度7だってさ!
理解を超えている。
未体験の揺れだ。
‥‥
それから30分後。
東北の美しい海岸に、ツナミという悪魔が襲い掛かっていたとは‥。
私がお世話になっている会社の本社は、
福島県のいわき市にある。
瞬間的に、その危機を悟った。
電話は既に通じない。携帯が通じないのは経験的に分っていた。
大災害の時は、不通が普通なのだ。
しかし、私は、電話をかけ続けた‥‥
既に、呼び鈴の信号音までも響かない。その向こうに、
暗い、暗い、虚無の空間が見えた。
‥‥
3日過ぎた。
皆、元気だった。
5日目。しかし、それ以上に過酷な現実を目の当たりにする。
原発。
まだ、予断は許さない状況だ。
だが、私は、人の覚悟を信じている。
日本人の覚悟を絶対的に信じている。
必ず、成功する!