生き残る新聞勧誘員 | 考える道具を考える

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The instrument which I think

実に久々に、
新聞勧誘員が尋ねてきた。

ドアホンを何度も鳴らす!

喧しいので、ドアを開ける?

小柄、痩せ型、色黒。
見るからに堅気の世界に生きる人間ではない風情。

いきなり言う。

 ‥引越ししてきたばかりなの?

 ‥はぁ?

 ‥初めてだね。

 ‥えぇ。何か?

いきなり、手ぬぐいを二本、強引に手に渡される。

 ‥まぁ、いいから。

何がいいのか。続いて、ジャイアンツの色物の大判のタオル。

 ‥どうぞ。

 ‥どうぞって、いいですよ。
  何か用ですか? 新聞ならいらないですよ!

 ‥そう。何かとってんの?

 ‥何を?

 ‥新聞。

 ‥いぇ、別に。ネットで十分ですから。

 ‥そぅ。まぁいいけど。
  ここにハンコ押してよ!

 ‥何言ってんの?
  いらないってば!

こういう一方的な会話が続いた。

実に久々の、新聞勧誘員のおじさんだった。
こんな風に、まだ、新聞の勧誘の仕事が成り立っているんだ?

社会の木鐸としてのプライドだけで成立している新聞。
しかし、その販売方法は、旧態依然。

この落差は、何なんでしょうね?

時間が、一気に昭和年代に戻されてしまった錯覚に襲われたのでした。

‥‥もう、紙の新聞の時代は、終わったのかもしれない。