つぶやきが生きるか否かは編集力にある | 考える道具を考える

考える道具を考える

The instrument which I think

TwitterもAmebaなうも、
つぶやきのオンパレードではありますね。

また電子ブック、あるいはeブックと、
いろいろな呼び方はあるものの、
ipadの登場で、紙の本がなくなるとかなんとか‥

電子の力が強大化すれば、
様々なメディアは変質しますね。
当然です。

しかし、情報というものは、
その根本に「編集力」が介在するものであり、
編集する力のない情報はフロー情報として流れていくだけでしょう。

編集は、
松岡正剛先生の指摘を待つまでもなく、
事象の分析、
様々な事象の関係性の解明のツール、
ということになります。

最後に大切なのは、
コンテンツとしてまとめられた
情報の質に、電子ブックは依存することになるわけです。

結局、有名な作家の出版物を、
電子化しただけの電子ブックでは、
それほど大騒ぎするほどのインパクトはありませんね。

また、書店の書架に勢ぞろいしている何万点もの書籍の森に入って遊ぶように、
全ての書籍が一堂に会する電子図書館はありませんから、
電子ブックとの出会いは、
目的的に書籍を検索するという行為によって成立する世界になるわけですね。

書籍との出会いの遊びがない本探しは、
スパイスの効かないカレーを食べるようなものでしょう。

とはいえ、私は、
電子ブックでも本は読むようになると思っています。