人生の守破離 | 考える道具を考える

考える道具を考える

The instrument which I think

守破離。

人間修行の日本独自のノウハウ。

何度かこのブログでも取り上げましたが、やはり賢人の「教え」は役に立ちますね。
千利休が茶の湯の作法の中から、人間を磨き上げる道筋を描いた考え方で、世阿弥の「序破急」を下敷きにした自らの独自性を展開する基本と考えるのが一般的ですね。

人生もまた、守破離で考えてもいいのかもしれません。

守は生まれてから青春時代。学習の時代の基本的心構え。
ある意味、守という意識はない時代の作法。

破は、自己意識が確立され、自分を描き出す時代。
円熟の時代に向けての作法。

離は、人間の完成時期。
基本の教えから脱皮し、自らの独自性を創造する時代の作法。

オリジナリティがない日本人が語られることが多い国際社会でのわが日本。
しかし、この時代から独自性が生き方の最終章におかれていたことを考えると、あながち「みんな一緒」という考え方が当たっているとは思えません。

私も、人生の最終章に近くなり、
自分の「離」を描くことができるのか‥戦う日々が続きます。

暑さ厳しき折、皆様におかれましては、ご自愛ください。