地図を眺めているのが好きで、時々、ぼんやりと地図帳を開いている。
歴史地図といっても江戸時代の古地図ではなく、小学校や中学校で学習用教材として使っていた歴史地図だ。戦国の陣取り合戦の日本地図は特に興味深い。
地域の縄張りは、結局、力のある武将による「武力」によって包括されていく。しかし、そこに代々から住んで生活する人々の全てを「我が物」とすることなどできないのですね。当り前です。その地域を占領するということは、その地域の「何か」(利権)を獲得するのであって、具体的に地域そのものを自分の地域のように支配するものではない。そんなことは物理的にできない。
力による服従という契約が、地図の色を分けているだけであり、そこにある文化、生活、歴史など全ての人間の営為が転換してしまうわけではない。
そして現代の世界地図を眺めてみると、人間のやっていることが、大きく変化しているとは思いにくいのがわかる。自分の国という概念には限界があって、世界のどの国に向かっていっても、完全に屈服させることなど不可能なのだということが分る。
人は生まれた場所を持つ。刻印されたその場所に、自分は囚われる。
それが故郷と呼ばれる場所なのでしょう。その場所に、居続けるかどうかは別として、自分の体内にある無意識の成長段階で体験している「世界との出会いの瞬間」の場所には、特別の思いがあっても不思議ではないですね。
人間の欲が、地図の色を変えてきた。
地図には、人間の悲しさが宿っているのですね。
栄華ではなく、時間の移ろいの軌跡だけが見えるようです‥‥。