カール・マルクス「資本論、第一巻」をテーマにしたドイツの実験演劇を観た | 考える道具を考える

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トーキョー発、舞台芸術の祭典「FESTIVAL TOKYO」が始まっている。
26日は、東京西巣鴨「にしすがも創造舎」でドイツの演劇集団「リミニ・プロトコル」による「資本論、第一巻」が演じられた。興味深い内容でしたね。

このにしすがも創造舎は、廃校になった学校をリニューアルして作られた文化施設。今回の出し物は、恐らく体育館だった空間を、唐組風に舞台仕立てにしての演出空間でした。

発表されてから100年。マルクスの資本論を今、この2009年に演じることの意味は何なのか? 1970年代を学生で過ごした団塊の世代にとっては、知らない振りができないと言えるテーマです。

舞台は、マルクス主義経済史学者、ロシア、エリツィンの通訳者、翻訳家の女性、生産資本家と呼ばれる会社経営者、投資コンサルタントなどが舞台上に登場し、独白的に自分の生涯を語り、間接的にマルクスとの関係を探っていくという演出。語りは、コールセンター・エージェント役の盲目の青年。彼は時代ごともレコードをかけ続けていく。

日本での上演のためにオリジナルの演出もほどこされ、日本人のマルクス経済学研究者や大学院生、盲目の若者などが本舞台の中に登場し、日本語での語りが挟み込まれる。

結局、資本論が何なのか‥‥現代にとって、何なのかを知るのは、一人ひとりの人生の中での自分との関わりにあるというのだろうか? 資本と労働との関係を科学的?に解明したマルクスの教えを振り返るには、何とも難解な原書ではあるけれど、当然派遣切りなどの超現代的問題も挟み込んで、独白という形式によって観る人に語りかける演出は、「何をなすべきか?」という問いかけだったのかもしれませんね。

それにしても、ヒステリックな部分はまったくなく、インテリジェンスに包まれた舞台演出、シニカルでユーモアに溢れた演出に、まずは拍手です。