2007年問題と呼ばれた団塊の世代のサラリーマンの大量退職の波は一旦終了し、次は2010年問題とか‥。
そして、世の中は、大量に「世間」に放り出された団塊の世代を、「再活用」しようという意図を持ったプロジェクトがさかんに行われようとしている。
対象となるその多くは、特定の専門能力を持った団塊の世代という言い方で括られ、語られている。やはり、団塊の世代は、「塊」でしか見られないのだろうか?
こうしたプロジェクトは、しかしながら、いったい誰が団塊の世代で、どこに住んでいて、今何をしていて、これからどうしようとしているのか、ほとんど姿が見えないのが実態なのですね。
だから、いざ、団塊の世代を集めようとすると困難を極める、ことが多いようだ。
そうなんですね。
団塊の世代は、生まれてこの方、ずっと「世代」でしかなく、その一人ひとりは、実に多様で多彩なのです。だから、括りで捉えようとすると、するりとすり抜けてしまうのが特性で、逆の見方をすれば実に扱いにくい「世代」でもあるのですね。
リタイアメントした2007年の主におじさん達の70%が、なんらかの仕事を継続したいという意思を持っているという調査もありますが、その方々は、テンデンばらばらに存在すると考えないと、こうした団塊の世代再活用論は、空論に終わることになるのです。
へへぇ。私もそういえば、団塊の世代なんでしたっけ? 忘れてましたよ!