盛り上がらない北京五輪? 盛り上げない北京五輪? | 考える道具を考える

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The instrument which I think

2008年8月8日午後8時8分。
この8並びの縁起をかついで開会式が行われる北京五輪。
今週の金曜日から始まるのですね。

同じアジアで開催されるのは、1964年の東京、1988年のソウルに次いで三度目。
前回のアテネ五輪では、日本は16個の金メダルを獲得しているが、その主な競技は、柔道、水泳、レスリング。陸上競技ではマラソンの野口さんと室伏さんの二人。でももう大半は忘れてしまっている?

ちなみにアテネの前の2000年はシドニー。高橋尚子さんがマラソンで優勝しましたね。シドニーの前はアトランタ。もういいか‥。


それにしても、今回の五輪は、盛り上がらないですね。
あるいは盛り上げない? 理由が在り過ぎるというのだろうか?

一つには、情報が見えるようで見えないということ?
情報の透明性という視点では、私達日本のお隣の国でありながら、本当の姿が見えてこないということもありますね。人々の興味関心は、関心の対象についての情報力の差にも現れます。

二つには、日本の国民自体が五輪に対する興味を失っているということ?
オリンピックどころではないという本音がありますね。国民生活に直接影響を及ぼす課題があり過ぎる割に危機感の少ない日本人が、国という概念そのものに幻想を描けなくなっているということ?

三つ目は、マスコミ自体がノッテいないということ?
世界各国から100以上の民放テレビが現地に入り、それらのマスコミが共同してwebサイトで動画を配信するなど新しい情報発信の形態が様々に試みられるようですが、地球全体が共通して盛り上がるには、サッカーのワールドカップや世界陸上のような意識の高揚があってもいい。それが、五輪には既に失われていて、セレモニー化しているだけという感覚がある。

それにしても、こういう事業は、その国の姿が見えてしまうという皮肉もたくさんありますね。
五輪はこれから経済成長しようという国にとっては大きなイベントではありますが、高度に経済発展した後の成熟した国においては別の見方になってしまう‥。今回の五輪を国としての成熟した姿として理想的といわれる北欧の人々はどんな風に観ているのだろうか?

日本は、その成熟した姿をデザインすることが大切なのだな‥と思うのでした。

でも日本選手頑張れ!