現役の女子高校生が写真集を出版し、
在学している高校から退学処分となった。
この処分を不服として復学を訴えた裁判に判決が出た。
復学の訴えは、却下された。
法律の解釈は、時に非情、時に情緒。
もし、この写真集が、
女子高生の自分の旅行の様子や家族や友人との
楽しい語らいの写真集というテーマだったら、
果たして退学処分はあったのだろうか? と単純に思ってしまった。
(そんな写真集が売れるかどうか疑問だが‥)
判決の主文の中の重要なキーワードは、
学校が、その校則において学内の授業時間の中で
「周知徹底」していたことがあげられている。
学校の校則は、絶対のものではないが、
一つの集団を健全に維持していくための重要なルールであることは確かだ。
そしてルールを告知し、周知し、さらには徹底していたという事実に反することは、
退学処分に相当するという判断だったのでしょう。
これが法律の解釈。そこに情実はなかった。
‥‥
さて、三浦さんの疑惑。
この事件が亡霊のように復活して世間を騒がせている。
国によって法律の解釈が異なることは分かっているはずなのに、
何故、わざわざサイパンに出かけていったのかに、新たな疑惑をつなげようとする風潮がある。
この事件は、マスコミ的には、民間人がメディアの主人公に祭り上げられ、ターゲットにされた最初のネタと言ってもいい事件だった。
それまでメディアに登場するのは、メディアに関係する人(つまりメディアを活用して生きている人‥例えば芸能人、政治家、スポーツ選手などなど)だけだったものが、一般人がメディアの主役になるという構成の転換を示した事件としても有名になった。(その後のマスコミは、民間人主体のニュースや番組づくりにまい進する。何故なら、事実の方が物語より瞬間的な迫力があるからだ!)
とはいえ三浦さん事件は、私達には、セピア色の古い写真を見せ付けられるようで、何か悲しい思いが湧き上がるだけだ。疑惑が解明されるかどうか、もうそんなことはどうでもいい気分なのだ。
‥‥
法律の解釈は、時に非情、時に情緒。
何のための法律か‥少し考えてしまいました。今日はうるう年の貴重な一日。
大切に過ごしたいものです。