救急車が到着するまでの、長ーーーい時間。 | 考える道具を考える

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駅大雪ですね。
風邪なぞひかないように、
温かくして‥こういう日は、雪のふる音を楽しみたいですね。

昨日は、奇妙な体験をしました。

出張からの帰り道。
ローカルな特急列車が急ブレーキをかけて、
止まるべき駅でない、小さな駅に急停車しました。

駅は真っ暗。人の気配もない。
プラットフォームの柵の先は、道路。
時々車が通っていく。小さな駅だな‥‥。

しばらく、何のアナウンスもないまま、
客室内はシーンとしている。誰もが、何かの連絡を待っているかのような、
小さな緊張の瞬間。

ようやく、アナウンス。
急病人が出たため臨時停車したこと。
今、救急車の到着を待っていること。
しばらく発車できないことなどが告げられた。

‥‥ふーん。どこの車両で、どんな急病だったのだろうか?
誰か介護しているのか? 同じ列車の別の場所で起こっている事件に、
自分は只座っていればいいの?

そんなことをぼんやりと考えながら、
なかなか到着しない救急車を、心待ちにしていました。


‥‥

不思議な体験。
それは「時間」の感覚でしたか。
急を要する時に待つ時間のなんと長いこと。

救急隊への連絡がきちんととれているのだろうか?
一体、救急隊はどこから来るのだろうか?
そもそも緊急対応している病院はあるのだろうか?
応急手当はできているのだろうか?

外は、どんどん暗くなっていく気配。

ようやく点滅するオレンジの光が、
真っ暗な窓外を通過していった。
音は‥‥聞こえなかった。

約20分の臨時停車。
この20分という時間は、
切り取られた時間でもあった。

特急列車は、何事もなかったように、再び発車した‥。