箱根駅伝の悲劇 科学的トレーニングの功罪を考える | 考える道具を考える

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2008年の新春を飾る箱根駅伝。
毎年、お正月の楽しみの一つですね。

今年は、アクシデント続出で、三校が途中棄権という地獄を味わってしまいましたね。

駅伝という長距離のリレー競技は、
日本人が生み出した独特の陸上競技。
バトンではなく、襷を繋いでいくという形式もまた、
世界では考えられない方法論ですね。

この「繋ぐ」という意識は、
個々人の責任意識を極度に高めるプレッシャーとなります。
それが、観るものにとっては、駅伝の楽しさであり、
また、劇的な予期せぬライブ性に共感するところでもありますね。

平均的な長距離ランナーは、1キロを3分で走ります。
そのラップを正確に刻んで走れるランナーが、
箱根で走ることができるわけですが、
トレーニングではできても、実際のレースでは、
勝負の壁が登場してきます。

勝負に勝つためには、自分の実力より、早く走らなければならない。
そういうプレッシャーがかかった時、自分に勝負をかける。
博打的な走りは、リスクを負う。そのリスクを承知で前半から実力以上の走りをしてしまうのが、責任感のなせる技。

だからでしょうか? 途中棄権をしたチームの当事者は、
ほとんどがリーダーか主力選手といわれる人でした。

脱水症状になると、脳に血液がいかなくなるので朦朧とします。
私も経験がありますが、体が痙攣するというより、
脳が働くなくなります。残り1.5キロで棄権というのは、
歩いてでも襷が繋げると思いますが、
それは極めて危険なことなのですね。

極度にドラマチックな今年の箱根駅伝でしたが、
自分の実力を見極めて、どのようにリスクを背負い込むか‥
考えさせられたお正月でした。

ご苦労様でした。また、来年があるよ。