アメブロのニュースにこんな記事があった。
あるラーメン店での出来事。読書しながらラーメンを食べていたお客様に対し、店主が「集中して食え」と一喝したとのこと。このニュースがが2チャンネルで話題を呼んでいるのだそうだ。大半は、店主の傲慢な態度に批判続出だそうで‥‥。
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ところで、坐禅をやっていると、「食」も修行であることがよく分かりますね。本来、出家して修行している僧侶の皆さんは、現代でも地域を回り、僅かなお米をいただいて歩く。その米を米櫃にいれて、大切に扱う。
食事はお粥が中心の精進料理。食事の場面も修行の一環なので、当然、ぺちゃくちゃ喋りながらの食事はNOサンキュー。また、好き嫌いなど言っている暇はなく、凄い勢いで食さなければならない。(勿論、全ての宗派がそうとは限らないでしょうが‥)
「食」の考え方には、当然、人間が生存していくためには、殺生を伴うことに対する心のありようを示していくことの大切さが語られるわけですが‥それはともかく、最近、一人で本を読みながら、あるいは新聞を広げながら食事をしている人を良く見かけます。
ラーメン店の状況も、おそらくそんな一つのシーンだったのでしょう。そして、どのようなシチュエーションでラーメン店の店主が「集中して食え」と言ったかは分かりませんが、こういう記事に対する反応が、お客に対して傲慢であるとか、サービス業の本質がわかっていないとかいう批判は少し違うなと思ったのですね。
食は文化。むしろ、世界各国の様々な食を満喫できる世界でもまれな日本の豊かな食環境を持っているのに、むしろ食に対する心の持ち方では、最も貧しい国になっているのかもしれないと‥‥そう感じたのでした。
一回一回、やはり感謝しなければいけないのでしょうね。「いただきます」という言葉の意味をしっかりと解釈したいですね。