レミゼラブル 観客構成に見るファンの構造 | 考える道具を考える

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 今年、日本初演から20年目を迎えた「レミゼラブル」。

 8月末までの期間、東京日比谷の帝国劇場で上演されている。私も、開催期間中何度か観劇に行っている。

 月刊ミュージカルの統計によると、今や日本で上演されている演劇のジャンルの8割は、ミュージカルだという。

 そして、いつも思うのだが‥2000人弱の劇場の観客席を埋める「お客様」の男女構成は、ほぼ毎回、女性9割 対 男性1割、つまりその圧倒的な偏りの現状だ。私は、その1割の中に入るのだが‥。

 それはさておき、学生さんの特別招待日などを除くと、劇場を圧倒する女性の6割以上は、中年の女性群。中には開催期間中50回以上も通うマニアも結構いると聞く。(単純に計算すると、平均の入場料を1万円とすると期間中50万円は楽に費やしていることなりますね‥)。スーパーなどでは、1円に拘るこれらの女性群が、ことミュージカルになると大枚を平気で使っていくのですね。(この価値観は分析の対象になります)

 ‥‥

 レミゼと言えば、ご存知ビクトル・ユゴーの気絶するほどの長編大作。1800年代フランスを舞台にしたジャン・バルジャンの生涯を縦軸として描き、そこに絡む様々な人間との関係を描いていく、愛と革命と真実の群集劇だ。

 山口祐一郎、別所哲也、今井清隆が演じるジャン・バルジャンの一角に、今年から劇団新感線で活躍した橋本さとしが日替わりで演じている。そして、出演者もまた、こうした観客の構成を熟知し、十分に中年女性のハートを捉える工夫をしようとしてもいるのですね。宝塚に唯一対抗できる商業演劇の代表作といえるものでしょう。

 その工夫の一つとして、私がロングランの要因となっていると推測していることとは、群集劇でありながら、群集の一人ひとりのキャラが明確に設定されていることですね。通常の芝居では、群集は群集であり、塊として登場するだけですが、このシナリオでは細部にわたって詳細なストーリィがあるのですね。

 舞台に登場している群衆の一人ひとりの役者さんたちが、恐らく、自らのストーリィを把握して細かい演技をしているように見えるのです。個別のディテールでの演技が集合して、一つの大きな舞台を作っている。だから観客の視線は、主役のだれそれを見るだけでなく、バルジャンを生涯に亘って追い続けるジャベールだけに視線を合わせてみていくこともできるし、その他の登場人物を追い続けるという見かたもできる。

 それが、反復して劇場に足を運ばせることができる秘訣のように思えるのです。(まあ、実際に観客がこんな見かたをしているかどうかは分かりませんが‥)

 これが私のミュージカル観劇の方法です。私もしばらくは、女性群の中で、小さくなりながらレミゼ化通いを続ける予定です。