この文字は、「子」を現している。白川静先生の解説によると、‥‥「子」(し)は、殷(いん)では王子の身分の称号であった。その字は一手を挙げ、一手を垂れていて、釈迦降誕(しゃかこうたん)のときのような字形である。普通の「子」は、両手を挙げる形にかかれている。
下の文字は、「字」である。
‥‥「字」はもと養育を意味する字であった。それで「字ふ」(やしなう)と読む。廟中に書かれている「子」は、その祖廟に謁して(えつして)、初めて家族の一員と認められるのである。そのとき字(あだな)をつける。すなわち、「字」もまた、加入儀礼を示す字である。のち、文字を意味する字となった。
子という文字が「字」を意味することに繋がっていったという漢字の歴史を学習するにつけ、現代の子供達が、「家」において、正しく儀礼として迎えられ、尊重され、そして「文字」によって養育されることがなくなったな‥‥と思うのですね。
文部科学省の大臣宛に投函された「文字」としての「死の選択の宣言」は、子供達に本来与えるべき親としての、あるいは家族としての、あるいは「国」としての儀礼の欠落が遠因になっているような気がしてならないのですね。
「門」の中にいる「子」。これが本来の子の真理に近い姿のように見えるのは、私だけでしょうか?
‥‥子供達を包み込もう‥‥、子助けを実践している和尚さんの言葉でした‥。