ダイアログ(対話体)を上手にこなすための前提条件は、基本的に、一人ひとりが持っている「思いのプール」(こういう言い方をしています)を、共有のプールにすることだといいます。
緊張のある会話が発生した時は、基本的には、それぞれがれぞれの思いをもって発言していくということですから、その「思い」を共有化することからはじめるのがコミュニケーションの円滑化をはかるコツなんだということでしょうね。
ひとつの言葉を使ったとしても、その言葉を解釈する意味は、人それぞれによって違うわけですから、言葉の意味の共有化を図ることが必要だということでもありますね。うーん、確かに。
ここまでは、ダイアログ・コミュニケーションの論理的な側面ですね。
ここからは、私の解釈ですが、すなわち論理的な言葉の定義を共有化できることと同時に、言葉に含まれる感情的側面についても、できるだけ共有化できると、さらにスマートになるのではないかと考えるわけです。
ロジックで理解できても、何か腑に落ちないという感情は、しばしば経験しますよね。そこの感情的側面というのは、例えば映画を見て感動したとして、その感動の意味は違っていても、一緒に感動したということで共有化できるのではないか‥などと思うのです。
そして感情の側面の共有化のプロセスは、いかに長く時間を共にするかということでもあるように思えます。
本日は、少々、理屈っぽかったですね。反省。