結果とプロセス | 考える道具を考える

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 1つの行為の「結果」は、必然的に「プロセス」を必要とする。

 行為の反省は、「結果」を分析することで成立するが、学習するためには、「結果」を生み出した「プロセス」に着目する必要がある。

 従って、全ての行為は「プロセス」で評価される必要があり、「結果」の評価は、二の次である。

 ‥‥しかし、‥‥

 行為の評価は「結果」でしか分からない。「結果」が出てからはじめて「プロセス」が評価されるのでは、既に手遅れだ。

 だから、「結果」を逆算して、正しい「プロセス」を仮に置いて行為する。

 これが「仮説」の重要性に繋がるという訳だ。「仮説」とは、言い換えれば思いつき。経験に裏付けられた思いつきには、根拠がある。

 しかし、その思いつきを生成させる「直感」が、脳の経路をどのようにたどって出現するかは分からない。

 ‥‥

 高度な技術を習得したプロの技術者が、指導者になった時の擬態語の数々。あの長嶋茂雄さんのバットコントロールの指導法は、「こう、びゅーんと振るんだよ!」という感性言語であることは有名だ。

 ゴルフの青木功さんの世界のバンカーショットの打ち方の説明も「こう、ふぁーっと打つんだよ!」という感性言語。

 とはいえ、このスポーツ界の天才の二人が、どれだけの基礎力があるのか、そのための努力がどの程度のものであったかは分からない。

 でも、何となく分かる。プロセスの反省は、感性的に把握することが必要なのかもしれない‥。

 ‥‥結果が出ない時の神頼み‥自分の心の中の神様である感性を信ずるということか‥。