蔵のある街 | 考える道具を考える

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蔵 仕事で東北のある町に行った。

 町には、沢山の蔵があった。

 お米屋さんの蔵としてそのまま活用されていたり、大きな家の敷地内に100年以上も鎮座していると思われるものも多かった。

 地元の陶芸作家の美術館もあった。

 この写真の蔵は、BARとして再利用されていた。

 夜になると、一条のネオンが蔵の壁に怪しく反映されて、うーむ、なかなかの雰囲気でしたね。

 蔵のある町として地域再生を図っている地域も多い。日本の田舎の町並みには、蔵が欠かせない都市の景観になっているのは本当だと思った。

 しかし、さらにイメージを広げてみれば、この蔵が、そのまま代官山や渋谷、表参道などにセットされていたら、近代的な都市と日本の伝統的建築が融合されて、さらに楽しい空間が設計されるのではとも思った。

 地方の町に蔵がある。それは余りにも自然で、文化伝統の飛躍の予感がなかったことも確かだ。あるがままにしてあるということは驚異だけれど、「ちょっと不思議」感覚がひらめきを生むことも確かだと思いながら、蔵のBARに一人で入っていきました。