「TV番組でのやり取り」から
「電車の中で聞こえてくる若い人達の会話」、
「会社でのミーティング時の発言」に至るまで
最近はあらゆる場面で
いわゆる『上から目線』が増えてきたように思うのですが
どうでしょう?

そもそも「上から目線」という言葉自体も
最近急速に使われている気がします。
前だと「偉そうに」とか「何様だと思ってるの?!」かな。

でもそれらともちょっと違う感じ。

「偉そうに」という言葉を聞いた時に
その人から伝わってくる感情が、
「上から目線」という言い方を聞いた時には
感じられないんだよねー。

昔の感じは押しの強い「push型」、
今の引いたスタンスは「pull型」という感じかな。


「客観的な意見」ともちょっと違う気がするし(;^_^A

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このあたりと関連していそうなのが、
「1億総オタク化」と言われる最近の風潮。

自分の趣味や好みに強いこだわりを持っている人は、
他人に自分の価値観を否定されたくないので
自分も相手に対して踏み込むことなく
互いに距離を取った上でのコミュニケーションを取ってきた。

この「距離を取った上でのコミュニケーション」が
「上から目線」という言い方にも
つながっているように思うのです。
距離を取り、自分を安全な所へ置いた上で
正論(多数意見?)を吐いているつもりの人々。

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ツイッター全盛の今は、
ただの一意見が一瞬にして多数意見になり得るし
何気ない一言が思いもかけずに炎上してしまったりするから
自分を守ろうとするのはある種当然のことかも知れない。

皆、意識無意識のうちに
波風立たないようにしているのかも。

でも、そこを理解した上であっても
自分を安全な場所に置いた上で
好き勝手な物言いをする様子には
どうもしっくりこない。
いじめの構図にも似たものを感じるのです。


今はあっという間に多数派が形成される。
正しい正しくないに関わらず。

だからこそ、自分の軸足を相手側に置いてみる。

相手そのものを理解するために、
目線を「上から」とか「下から」とかではなく
相手の「内から」目線で考えてみると
また別のものが見えてくるかもしれないですねo(^▽^)o

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こういう時代だからこそ、
僕もより積極的に
色んな人とつながっていこうと思っています。

社内に対しても、
ちょっと休んでいた社長塾を再開させたり
社長ランチ企画を始めるつもりです。
スタッフの皆さん、暑苦しいって言わないでね^^;
そんなこんなで
大変だけどとても充実した日々を2年ほど過ごした後、
そろそろ起業の準備に入ろうと
僕は会社を辞めました。

数ヶ月ほどは
今で言うプー太郎生活を過ごしておりました。
その後、自分の次のステージとすべき
ベンチャービジネスを探すために
行き先を決めないまま旅に出ることにしました。
どこからか
「とりあえずここはアメリカだろう」という声が
聞こえてきたんですよね^^;

アメリカは、ヨーロッパのように鉄道が発達していない分
グレイハウンドというバス会社の長距離バスが
全米を網羅していました。
僕は、そのグレイハウンドの1ヶ月有効チケットを買い
ロスからNY、マイアミ、テキサスなど
全米を色々と回りました。

1番長い時は
丸々48時間バスに乗りっ放しだったこともありました。
いやーとにかく死ぬほどバスに乗ったなー、
まあ若い頃だったからこそできたことでしょう。

バスを降りた後は
その土地の安宿に泊まりながら
今後のビジネスについてヒントをもらうべく
色んな人と情報交換していきました。

が、経験面も語学力も限界があり
これというものを見つけられないまま
1ヶ月チケットの有効期限が近づいてきた中、
なぜか僕はメキシコに向かうことに。

メキシコでは
メキシコシティで強盗にあい身ぐるみはがされるという
とんだドタバタもあり、
いつの間にか当初の志がどこかへ消え
「自分探しの旅」へと変容していました。

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僕は、人に趣味を尋ねられると
よく「旅」と答えていました。

「旅行」でなく、「旅」。
この違いは、僕の中では
行き先ありきではないこと。
スケジュールが決まっていないということ。

人生は「旅」だとよく言いますが
「色々な経験を積みながら“何か”を探している」
という感覚が
会社運営に通じるものがあります。

私の旅がどこへ向かうのか
まだゴールは見えていませんが、
人生の旅の途中で出会った
これを読んでくれている皆さんと
お互いの人生の中で
意味あるものに位置づけられていくといいなと
思っているところです。

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・・・・「私の履歴書シリーズ」ということで
私的なことを書き綴ってきましたが、
一旦ここで第一部終了として筆を置きたいと思います。

(ネタが詰まったら
またシリーズ再開させるかもしれません^^;)
今回も、前回に続き
新卒で入社したM社での話です。

「仕事観は最初の会社の上司や仲間に大きく影響を受ける」
とよく言いますね。
「最初の会社がその後の仕事人生に大きな影響を与える」
とも聞きます。

我が社に入社してきた多くのスタッフ達を見てもそう思いますし、
実際に僕もそう。

M社にいた、伝説になっているような凄い上司やデキる同僚に
様々な影響を受けましたが
一方で、M社にもいた
どうしようもない上司や同僚からも色々と学ぶことができました。

むしろ、そんな人達からの方がより多く学べたような気がします。
(反面教師というヤツですね^^;)

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話を戻して、仕事観の話。
僕の仕事観に1番影響を与えたのは
同じ店で働くアルバイトの若い女の子達でした。

特に高校生の場合、
「お金をもらって仕事をするのが初めて」という子がほとんどで
素直に反応し努力するタイプの子が多かったように思います。

その子達の中でも、特にホスピタリティが強く
コミュニケーション能力が高い子達に与えられる仕事がありました。
それは、子供連れ客対象の
店のファン作りのためのプログラム担当。

そのプログラム、まずは
小さな子供を連れてお茶をしている若いママ達を対象に
「子供達にお店の中を見学させませんか?」と
声をかけるところから。

その間自分達は井戸端会議に集中できるので
ママ達にとっても願ったりの話で
大抵喜んで申し出を受けていただきました。

「お肉はこんな大きな冷蔵庫に入れてるんだよ」とか
「手はこんな風にここまで洗うんだよ」などと
中の様子を説明しながら厨房を回ると、
子供達は目を輝かせて喜びます。

終了後に簡単なアンケートに答えてもらい
このツアーは終了。
トータルで大体20~30分でした。

数ヶ月間かけて、これでアンケートを100人分くらい集めます。
そしてファン作りは、ここからが本番。

その子供達のお誕生日会を企画するのです。

まず、アンケートに書かれた子供達の誕生日に合わせて
「お店でお誕生日会しませんか?」というDMを送る。
そのハガキも、女の子達の手作り。
店がすいている時間に
プリントゴッコ(皆さん知ってますかね?)で作ったもの。

そして、お誕生日会当日は
約1時間ゲームなどでその場を盛り上げる。

その時間、何をするかも自分達で考え
実際にそれをやる。

そうすると、何が起こると思います?

・・・・お誕生日会の数日後に、かなりの確率で
お祝いしてあげた子供が
ありがとうのお手紙や絵をお店へ持ってきてくれるのです!

生まれて初めて自分が主体的に取り組んだ仕事、
ゼロから作り上げた仕事で
お客様たる子供達からそんなギフトをもらう。

それを受け取った子は、これまたかなりの確率で
嬉しさと感動で涙を流すのです。

このシーンをプロセス含めて何回も目の当たりにすることで、
仕事の持つ本来の意味が僕に刷り込まれていった気がします。

自分の仕事が誰かに認められると、
その相手がたとえ小さな子供達だったとしても
とてつもなく大きな感動と満足を得ることができるということを
その子達を通して最初に教えてもらいました。

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このようにM社では、前回触れた「今の事業のヒント」以外にも
こういうシンプルで正しいことを正しくやり切る事の難しさや大変さ、
そして素晴らしさなど
仕事の根っこにあたる部分を色々と教わりました。

当時感じた感覚をちょっと思い起こしてみましたが、
それがちゃんと自分の会社で実践できているかというと・・・・。

まだまだ、これからです\(゜□゜)/
佐賀県人会寮の水に
すっかり染まった大学時代。

ボンクラ学生にありがちな、つまらぬ経験を積み重ねながらの
ダラダラしたとても楽しい日々でした。
(具体的な話も色々ありますが
ちょっとここでは書きにくい内容だらけなので
割愛します(;^_^A )

そんな中、大学4年の春。
卒業後の進路を決めねばならない時期が近づいてきました。

実家のツテで
いくつか出版社などの就職口もあったのですが、
その時には
「自分の人生は自分で切り開く!」という強い自我が
芽生えていたこともあり、
自分で就職活動を始めました。

当時僕が狙ったのは
「将来起業する際に必要なことを勉強させてくれる会社」。

長く丁稚奉公するつもりはなかったので
短期間で経営の要諦である
「人・モノ・金のマネジメント」を学べると考えて
縁のあったMドナルド社への入社を決めました。

その当時、大企業への転職は難しかったので
最初に大企業に入って
基礎を身につけたいという思いもあって。

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M社は、僕のような学校卒業したての若いにーちゃんにも
店舗の運営をどんどん任せる会社でした。
よって
お店にいた50~100人のアルバイトのマネジメントをやり、
億を超える売上を扱い、
商品管理システムを扱いながら
その完成されたシステムが
どのように組織に落とし込まれていくかを
吸収すべく必死で働きました。

経営のイロハである「人・モノ・金」の勉強には
本当に打ってつけだったのです。

が、元来あまのじゃくで
「教わる能力」が著しく欠落している僕。
結局ジャスト2年でM社を後にし
次の仕事を探すこととなりました。

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ということで、たった2年しかいなかったM社ですが
ここで本当に多くのことを学びました。

今の携帯電話レンタル事業に通じるヒントをもらったのも、
この時。

それは、当時スタッフ間で「ウェイスト率」と言っていた
「廃棄率」に対する考え方です。

普通、廃棄分は少ない方がいいと考えがちですが
M社では
「少なければいい訳ではない、適正値にすることが必要」と
廃棄率を一定の幅の中でコントロールすることを求めていました。

廃棄率が少なすぎる場合は
作る量を抑えたからでは?
つまり、その分販売チャンスを逃したのではないか?
また、品質の落ちたものを
そのまま提供してしまっているのではないか?

・・・・などなど。

携帯電話の場合も
当初は毎月の基本料金がとても高かったので、
普通なら使わなくても発生してしまう月額基本料金が
とてつもなくリスクに思われがちです。

ですが「適正な廃棄率」という考え方を学んでいた僕は、
「基本料金のムダ払いも見越した上で
顧客の取り逃がしを防ぎ、結果、適正な利益を取っていく」
というスタンスで取り組んでいきました。

「ロスには良いロスと悪いロスがあり、
良いロスはうまくコントロールすれば最大の利益を生む」という
この『廃棄率のコントロール』 が
僕のレンタル携帯電話の原点なのです。
中学・高校時代、
僕は「勉強する」ということが
あまり得意ではありませんでした・・・。
(今もですが(>_<))

だから、例えば
本を読むのは好きだったけど
国語の成績は良くなかったなー。

よくテストに出ていた
「この作者の伝えたいことはなんですか」という問題を
間違えるたびに
「ちょっと待てー!」と思っていました。

「それが本当に作者が伝えたかったことがどうかは
わからないじゃないかー!」
「作者に聞いたんかー?!」
「それは先生(出題者)が考えただけじゃないのかー?!」
などと思って(-з-)

一方、答えが1つしかない
「算数」も苦手だったなー。
「近い!」「惜しい!」という点のつけられ方もないし。

でも実際の世の中は、
「答えのない」問いや
「たくさんの答えがある」問いだらけだし、
正解じゃなくても
「近い答え」や「惜しい答え」を導き出すことが
重要だったりする。

だから、もし子供の頃の自分に会えるとしたら
「お前はそれでいいんだよ」
と言ってあげたいと思います。

(この主張が詭弁であることは百も承知しております(;^_^A)

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あまりパッとしない青春時代を経て
東京の私立大学に入った僕が
そんな世の中の多様性を身につけたのは
大学での寮生活でした。

寮といっても大学の寮ではなく
佐賀県が運営する佐賀出身の大学生向けの寮。

そこには僕みたいなボンクラや東大の人、変な先輩など
色んな人がいて、
この集団生活の中で
様々な価値観が身についたのだと思います。


あと、僕の特徴あるイントネーションも
この寮で佐賀出身者に囲まれて過ごした上に
自分大好きだった僕が
自分のなまりを隠そうとするモチベーションが
全く働かなかったことで
そのまま今に至ってしまった気がします。

最近は、娘に
イントネーションを指摘されることが増えています。
その時は、さすがにちょっとイラっとしてしまいます(`×´)

むー しぇからしかー\(*`∧´)/