●ノイズキャンセリング機能付きイヤホンの凄さ


こんにちは、てくさ@地域貢献目指しステップアップ中です。


今家から車で20分走ったところにある街のドトールで作業中です。
合間をぬって現在記事更新(^^)


PCを持って作業がはかどるのはやっぱり見知らぬ人がいるところがいいですね。
それと座敷に机であぐらをかいて執筆するのではなく、
ワークテーブルと背もたれ付きの椅子じゃないと思考が乗ってきません。
家には使えるテーブルがないのです。


作業をするにもしやすい環境がありますね。


そして今日の本題、外で作業をするときの必需品がノイズキャンセリング機能付きイヤホンです。


一見外からはPCで音楽を聴いているように見えるんですが、違います。
私は主に耳栓として使っています。


記事を書く空間としては適切でも毎回自分を取り巻くお客さんの顔ぶれは違います。
(高校生が多いマクドナルドには絶対行きません)


大人のお客さんばかりならばいいのですが、やっぱりドトールくらいになると高校生や
おばちゃまの井戸端会議なんかもあり、ノイズのボリュームがケースバイケースです。


そこで一定のノイズボリュームを押さえてくれるのがこのイヤホンです。


始めは作業中快適に音楽を聴くために買ったつもりでしたが、
使ってみると耳栓効果として感動(笑)


集中して作業を終えて、よし帰ろうと思ってイヤホンを外したときに
その凄さに気付くのです。外の音量のうるさいこと、うるさいこと。(笑)


ああ、このイヤホンのおかげでこの時間きちんと集中してタスクをこなせたんだと
感謝の気持ちになるのです。


もちろん音楽を聴くためのものでもあるので、気分的に何か聞きたいときはそれにも使っています。


最近の私のツール選びの基準は、「ワンツール・マルチユース」


一つのツールでいくつもの機能。
これを実現させるだけでかばんの中もクリアになるし、持ち忘れ等がなくなります。


なーんて偉そうなことをお話ししましたが、こちらの影響です。
ライフハックのカリスマ的存在のこの方から学んでいることです。

●比べることを辞めたとき


こんにちは、てくさ@地域貢献目指しステップアップ中です。


何かと比べることを辞めたとき、どんな気持ちになったか。
それはとても自由でストレスフリーな気持ちでした。


大学を卒業して、そこそこ大きい会社に入ってそのときはひたすら同期に負けたくない、
若手では一番に出征してやるというプレッシャーにいつも追われていました。


だけれどその半面でそんな誰かと争うように暮らしていくんじゃなく、
誰かのために地元のために何かをしたいという気持ちがふつふつ湧いてきたんです。


広島から仙台に転勤して、そろそろ次のポジションかなぁというタイミングで
なんだか怖くなってしまって仕事を辞めたんですね。


会社の待遇も悪くなかったし、給与も文句なかったけれど、
殿様商売の仕事に自分の身分を忘れてしまいそうになるのが怖かった。


バブリーな商業施設の不動産管理で頭を下げる相手があまりいない商売(笑)
そんなのが普通だったら勘違いしちゃうじゃないですか。


現に会社の冠を個人のスキルと間違えてしまっている元同僚もいると思う。


いずれ地域の住民の方に支えられての家業を継ぐことだけは分かっていたから、
そんな仕事がスタンダードになって、頭を下げることを忘れる年齢に上がっていく。


恐怖の何物でもなかった。


そして札幌に引っ越して広告制作会社です。
小さな会社だったので争う必要がない。依然と比べて家族との時間も数倍になりました。


そうやっていくうちに別な幸せに気付いていったわけです。


会社のなかで背伸びしてポジションを獲得して、名誉みたいなものを手に入れるゲームも
おもしろかったですが、でもやっぱり自分を支えるのは家族や友人。


そうやって誰かと競うプレッシャーからどんどん解放されていった。


そしていよいよ今月末地元に帰り、地元のため地域のためにいろんな恩返しをしなきゃならない。


まずは両親を楽にする。ネットやシステムで解決できるものはそれに移していく。
自分もそうだけれど、店を締めてからその日の集計とか伝票整理とかで残業4時間~5時間あるなんて
本当にかわいそうだ。


でもそうやって自分は育ってきたわけだし、今回は嫁さんもつれて実家に帰る。


もう誰かと競う必要はなく、純粋に家族のために頑張れる。
そうしたら私の本当の夢の地域貢献、地域活性に手をつけたい。


競うためのエネルギーを誰かのためのエネルギーに変える、
人生の見え方も幸せも多分人との接し方すら違っていくと思う。
●何かを見失っている時


こんにちは、てくさ@地域貢献目指しステップアップ中です。


突然ですがあまり嫌な思い出と言われると思い浮かびません。


たかだか27年ですが生きてきて日々が夢中だった時期ばっかりだなぁと思っていますが、
それは夢中だった時の記憶がずっと残り続けているから。結構幸せな性格かもしれないですね。


でも、ひとつだけあまり良くない思い出が残っています。
5年前、広島に住んでいる頃。ある取引先の店長さんに呼ばれて説教されたこと。


しかも1月2日。年始から(笑)夜10時から朝5時まで延々と。


最初は何で怒られているか分からなかった。それもそうです。
怒られる理由なんてなかったからです。


あとあと知りましたが、怒鳴る相手を探していたとのこと(w
そして怒る理由は実はなくて、難癖をつけたかったとのこと。クレーマーですね一種の。


その当時、2つショックを感じました。
なぜ私がその相手にされたのか、ということと、なぜ自分の腹いせを無関係な人に向けたのかということ。


入社1年目だったのでいいカモだと思ったんでしょう。


でもそれまでに世の中には理不尽なことは少ない。
せめて皆、辻褄くらいは合わせているって信じていたんです。


世の中にいろんな人がいる。ひとつひとつ気にしていたら身体が持たない。
たまっていく負のオーラはどこか適切な場所へ放出していかなければならないって
そのとき人を見て気付いたんですね。


昔から祖母には人の振り見て、我が振り直せと言われています。
それは子供のころだけではなく、大人になっても一緒。


出会う人を皆教師に、そして反面教師の両方にしていくことを改めて学んだことでした。


自分もどこかで独りよがりな我がままで誰かのエネルギーを吸い取っていないか、
定期的に振り返っています。