学問をやるのは「好きだからやる」、そこにしか意味はない。

だから好きな事だけをやれとよく言われますね。


好きじゃないと続かないし身につかない、と。

はっきり言います、それは間違いです。


特に、習慣化の技法としてです。

理由は簡単です。


①好き=身につく=習慣化するというのは間違いである。
②そんな事を言われると多くの人は困ってしまう。

これだけです。


①は、「習慣化→身につく→好きになる」というのが一般的であるからです。


別に最初から好き(興味がある)じゃなくても、惰性でもいいから続けば愛着が湧いて何となく嫌いじゃなくなるのが人間です。


例えば、学校です。

学校は皆行くのが嫌です。


台風が来て休みになるとみんな喜んでいたはずです。

それはなぜか、勉強をしなくていいからです。


しかし、卒業となると寂しくなるのは何故でしょうか。

友達と会えなくなるからというのもありますが、本当は、惰性でも何でもずっと通っていた居場所が無くなるからではないでしょうか。


これは、愛着から来るものです。

好きだからではないのです。


勉強がいやだというのも含めて楽しかったのです。

おそらく、好きだからやる、もしくはやっているんだと言っている方は、そう錯覚しているだけだと思います。


小さな頃から好きだからやってたというのはそれはそれですが、こういう方もいるはずです。

例えば読書。


すなわち、「小さな頃はテレビもゲームも漫画も禁止されていた。だから本を読むようになった。今は親の教育方針に感謝している」


読書家の成毛眞さんはその典型です。


つまり、好きが先にあるのではなく、妥協した先に読書の習慣化があって、後に好きになったのです。

これを今の成毛さんの言葉で言うと、好きだから読書をしている。


継続は力なりとはそういうことではないでしょうか。


続ければそれが身に付き力になるのではなく、続ければ習慣化して後に好きになり継続が苦で無くなる、故に継続は力なのではないでしょうか。


学問をやるのは「好きだからやる」への反論② に続く