腹減ったと思ったら、もう3時。


遅い昼食をと思ったが、この時間帯になると、もうランチタイムが終わっており、営業をしていないお店が多い。マックにでも入るかと思いつつ、結局、駅前通りにある喫茶室翁堂に行くことにした。


喫茶室翁堂は朝10時開店で、閉店する夜8時迄、特に休憩時間はない(定休水曜日)。



てくがたのブログ 入り口には、翁堂のマスコット、ミミーちゃんが描かれた看板。









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老舗店舗の雰囲気が漂う銅版でできた看板が、その上に。








翁堂は明治創業の老舗の和菓子屋さんで、中町、上土町にも店舗をかまえるが、ここ駅前店は1Fで和菓子の販売しており、2Fは喫茶室として営業している。


喫茶室ではコーヒーやケーキともに各種パスタやカレー等のフードメニューがある。また日刊スポーツやスポニチといったスポーツ新聞も常備されているのもうれしい(中年男性の友です)。


ここに来ると決まって日替わりパスタランチを注文する。小鉢のサラダ、コーヒー等のドリンク付きで、パスタは、ナポリタン・ミートソース・イタリアン・和風イタリアン・明太子など日によって違うが、今日はバジリコ。


迷わず大盛りを注文。通常890円、大盛り+200円。

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ここのパスタは、ボリュームがあることが特徴。普通サイズを頼んでも、他のお店の1.5倍はあると思う。大盛りだと二人前というところか。女性やダイエット中の人は要注意。



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店内は落ち着いた雰囲気。普段騒がしいお客はいず、私が行く時間帯のせいか、混みあうこともないので、ゆっくり読書や居眠りができる(快適です)。



てくがたのブログ 長居しても怒られることもないので安心(感謝です)。気付いたら3時間近くここで読書をしていた。窓から外を見ると、すっかり外は暗闇だ。早く会社に帰り、仕事をせねば。



















2月14日バレンタインデーの深夜、草木が眠る丑三つ時、松本市街地を散歩した。夜6時頃から降り続いた雪が積もっている。パウダースノーといってよい雪質なので、雪がぬかるんで歩きづらいということはなかった。


見慣れた風景も、雪が降った夜には違って見え、楽しく散歩ができた。


ルートは駅前の伊勢町~本町~ナワテ通り~上土町~東町~中町。歩いて15分のコース(写真を撮影する時間は除外)。


ISO感度800~1600くらに上げて、三脚も使用しなかったので、写真画像はかなり荒れて、ボケてもいる。ご容赦を。

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伊勢町の歩道。左側に見えるのは、できたばかりのサークルK。オープン記念で14個入りの卵が98円で売っていた。もちろん帰りに購入した。ラッキー。



てくがたのブログ 伊勢町と本町がぶつかる交差点。



















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本町にあるパン屋さんの看板。




















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ナワテ通り。弁天そば。



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上土町のモダンの建物。手前は白鳥写真館。



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上土町。駐車場の中にある蔵。


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上土町から東町にぬける道。せんべい屋さんの金月堂。現在は営業していない。



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上土町から東町にぬける道。みたらし団子がおいしい門田餅店。



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東町。懐石料理やフランス料理を楽しめるヒカリヤ。かっては質屋であった建物を利用している。



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東町。今井京染店。




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中町。酒屋の中西屋本店。立ち飲みができるうれしいお店。




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中町。カレー屋デリー。黒塗りの壁が素敵。



てくがたのブログ 女鳥羽川に架かる中の橋。



















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中町。手前、伊原漆器店。看板のデザインがおもしろい。

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「ニューヨークに行きたいか~」の福留さんの絶叫が懐かしい、あのアメリカ横断ウルトラクイズが甲府にあるShu’s Bar(シューズ・バー)に1月の某日帰ってきた。


ウルトラクイズは日本テレビでかって放送されたテレビ番組だ。視聴者参加型のクイズ番組で、クイズに勝ち抜くと次のステージに進めるという形式で番組が進行する。日本の後楽園球場ではじまり、成田空港からアメリカに渡り、各都市でクイズをしていき、決勝はニューヨークでおこなう。毎年10月下旬から12月上旬頃にかけて毎週木曜日の「木曜スペシャル」の枠で放送されていた。


単なるクイズによる知識比べではなく、体力(バラマキクイズなんてあったなぁ)や運(成田空港でのじゃんけん等)といったものもなければ勝ち抜けないことがおもしろく、クイズ参加者の個性が番組の進行とともに分かり、縁もゆかりもない人を、親戚のお兄ちゃんやお姉ちゃんであるかのように応援していた。また子どもの頃海外旅行に行ったこともなかったので、勝ち残って、さまざまなアメリカの都市に行くクイズ参加者はヒーロー・ヒロインといっていい存在だった。私と同世代の人は皆このような思いを持っていたのではないか。


ウルトラクイズが最初の放送されたのが、昭和52年(1977)で、一時中断した後、最後に放送されたのが平成9年(1997)だ。視聴率が悪くなったので放送が終わったのだが、その理由は、円高になり誰でも海外に行ける時代になり、アメリカが憧れの国ではなくなったことが大きいと思う。


しかしまだウルトラクイズを復活させたいという熱い思いを抱く人は多い。それを思っているだけでなく、行動に移している人こそ、Shu’s Barでウルトラクイズを主催したヨネさんだ。


ヨネさんは、ウルトラハット・早押し機などのウルトラクイズセットを自分で試行錯誤しながら4ヶ月半の期間をかけてつくり、このセットを車で運びながら、3年前から日本全国でウルトラクイズを開催している。そうすることで

世論を喚起し、アメリカ横断ウルトラクイズをもう一度という夢をもっている。


今日Shu’s Barに集まったのは、ヨネさんのそうした夢を応援しようという人たちだ。私も実家に帰るついでながら、松本から参加。30人ほどが集まり、ウィスキーやビールを飲みながらウルトラクイズを楽しんだ(もちろん勝ち進んでもアメリカにはいけません)。


てくがたのブログ 主催者のヨネさん。


クイズを出題していました。美声です。














てくがたのブログ ウルトラハットが懐かしい。手元のボタンを押すと、ピポーンという音とともに頭の“?”マークが持ち上がる。


正解や誤答したあとの効果音、ステージクリア時のBGM、本家と同じ。こだわっています。



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敗者復活戦に使ったスクラッチカード。全て「勝」の文字が出れば勝ち抜け。


ウルトラクイズは、運がなければ勝ち抜けないんですよね。