せっかくの9連休。無駄に過ごしそうで・・怖いです。
年賀状もまだ書いていません。
頂いた2025年年賀状がどこかにいってしまって@汗 探さなければ。
昔は年賀状100枚近く書いていましたが、
今年は40枚しか買っていません。
段々、人との付き合いが希薄になっていくことが怖いです。
特に、仕事関係の年賀状がほとんどなくなりましたな。
新しい卵を茹で卵にすると、殻を剥くのが難しく感じます。
いつも2週間ぐらい置いた卵をゆで卵にしていましたが、
今回おでんを作ろうとしたら、昨日かった新しい卵しかなく
ネットで新しい卵をゆで卵にする方法をググりました。
結果①卵の底に小さい穴をあける ②お湯に酢を加える ③茹でたあと急冷する
等がでてきました。③はいつもやっていますが、
やはり新しい卵は殻が剝きにくいです。
で、①②も試してみることにしました。
穴をあけるには押しピンが最適だそうですが、見つからなったで、
割れた陶器の破片で卵の底の殻に穴をあけました
②の酢は手元になく・・酢にちかい調理用酒を加えました
結果! びっくりするくらいきれいに皮がむけました。
①が効いたのか?②が効いたのか?わかりませんが。たぶん①かな。
で、あと大根と人参の皮をむいて、輪切にしておでんをつくりました。
茹で込み中です。

1時間ぐらい煮込んだあと、練り物を加えました。

これで、お休み中は、毎日「おでん」です(^-^)b
さて、小豆50円貼の官製はがき速達の使用例です。
まずは、一番ありがちな夢殿7円はがきへの小豆50円貼り速達。
札幌から京都への速達だが、消印は
抹消が札幌中央で昭和42年3月22日8-12の24時間型櫛型
→いったん中京に到着したのが昭和42年3月23日後0-6の戦後型櫛型印
で、太秦郵便局に転送されて昭和42年3月23日の18-24の24時間型櫛型印で、
到着印となっている。18-24時で配達されたのかな?
裏をみると3月28日に熱海に集合という案内で、連絡は間に合ったことでしょう。
札幌から京都翌日到着だから、飛行機で運ばないと間に合わないよねぇ。

次は、夢殿7円往復はがきの往信部の使用例。
50円切手を貼るのは郵便局に持って行ってから貼るためか?
いや、住所を書いてから貼るためか、
書いた差出人住所を避けるため、左寄りに貼られることが多いようだ。
これも札幌から京都市中京区への速達使用例。
上の使用例とは差出人もあて先も異なる。
抹消印は、札幌中央丸井内で昭和42年10月24日8-12の24時間型櫛型印。
→到着印は中京で昭和42年10月25日0-6の24時間型櫛型印。

さらに、夢殿7円往復はがきの返信部の使用例。
都内の使用例で世田谷から千代田区神田宛。
抹消印は世田谷で昭和42年1月27日後0-6の戦後型櫛型印。
到着印は、神田で昭和42年1月28日前0-8の戦後型櫛型印。
ちょうど櫛型印も戦後型櫛型印から24時間型印に移り変わる時期で、
昭和43年で両方とも戦後型櫛型印だと嬉しくなる♪(??)
たまにZ型(后)もあるので注意しておきましょう。
上の2通の京都あて使用例、それとこの誠文堂の使用例も
たぶん郵文堂でかったのかな? 普通はがきの使用例よりも
往復はがきの使用例にばかり気を使っていたので、普通はがきだと
買わない場合もあったかもしれない@汗

さて、最後、旧飛天往復はがきへ小豆50円切手貼りの使用例。
良い使用例が手に入ったと思って、届いてみたら
養殖物であった@汗 消印の日付を気を付けていれば養殖物であることに
気が付いただろうに。柳原さんから新井国太郎さんへの初日実弟便といったところか。
旧飛天はがきの普通はがきは昭和42年8月1日に発行されたが、
旧飛天はがきの往復はがきは1か月おくれて昭和42年9月1日に発行された。
旧飛天はがきは普通はがきと往復はがきの発行時期がずれているので要注意である。
消印は抹消印が奈良西ノ宮で昭和42年9月1日8-12の24時間型櫛型印。
到着印は玉川で昭和42年9月2日前0-8の戦後型櫛型印。
都会ほど戦後型櫛型印を遅くまで使っていたような感じがするのだが気のせいか?

柳原さんといえば大収集家であるが、トドが持っている昭和20年4月1日差出の
楠公5銭はがきの使用例。あれもも柳原さんあてだったな@確か。
郵趣家便(養殖物)も、重要な使用例であることが多々ある。