テレビや新聞は嫌いだからあまり見ないのだけど、たまにテレビをつけるとこういうニュースが飛び込んでくる。

こんなことが、起こってしまう世の中に、憤る。どうしてなんだ、なぜなんだ。



でも、すぐに忘れてしまう。


次の瞬間には、ワールドカップの話題が映され、それに合わせて私の気持ちもガラリ。

そんな自分が嫌になるから、テレビや新聞が嫌いなんだ。

楽しいニュースも、悲しいニュースも、消費されるだけのもので、本当にそこにいる人達のことなんて考えられなくなる。

ニュースに悲しみを表して、眉をひそめてみても、そんなものは、なんにもならない。
どうにもならない。

悲しんで見せる自分に酔ってるだけだ。
怒って見せる自分に酔ってるだけだ。

ああ、今日も私は酔いながら管を巻くのか。

死刑になりたいから、人を殺す。
病院の医者が。

誰にも理解なんてできない暗闇がそこにはあるんだろう。
犯人も被害者もみんな不幸だ。

死にたいと思うことは私にもあった。
毎日思う日々もあった。
今も時々思う。

それでも人を殺したいとはおもわない。
それも、自分が死ぬために?

誰でもよかった?

そんな理由で殺される身になってみてよ。


そんな理由で人を殺そうとするまでに追い詰められていた彼の人生とはなんだったのだろう。


なにもわからない。

でも、なにかがおかしいことはわかる。

どうしたらよいかはわからない。

自分がそばにいたら、なんとかできたろうか。
一緒にお酒を飲んで、文句の一つも聞いてやれば、それだけで堪えられた衝動ではなかったろうか。
でも、そこにはいないし、話はそんな単純なものではないかもしれない。

だから、せめて、自分の周りに、狂うほど、病むほど、追い詰められた人がいないかだけはよくみてあげたい。

傷つけるのも傷つくのも傷つけられるのも見たくないから。
どうかみんなに幸せでいてほしいから。


そうやって幸福を謳う自分に酔いしれる。
僕はそんな偽善者だから。
白紙よ。
あなたにはなんでも書ける。

あなたと向き合い、
僕は考える。

これからあなたとどんな未来を描こうか。

少し考えては、筆を執る。
今ではそんなことはしないけれど。
触れるだけで、君は白にも黒にもなる。

そんな時代だ。

僕の思考は、指先から世界へ、放り投げられる。

そんな時代だ。

白紙よ、思えば僕はいつも君と向き合ってきた。

なにを書こうか。
どう書こうか。

誰かに見せるのも楽しかったけれど、
そんなことはどうでもよかった。
僕が誰よりも僕の読者で、
あなたの恋人で、
描かれた君の化粧に、
僕は見惚れたり、うなったりする。

なにより僕自身があなたに見たい景色を見るために、
僕はあなたと向き合う。

何度も何度も、向き合おう。

100の言葉を書いた。
1000の言葉を書いた。
同じようなことも書いた。
10000の言葉も書いた。
どれだけ書いたって飽きたらない。

なにをかいても自由だ。
どれだけかいても自由だ。
公園の砂場で何度も何度もお城を作っては壊すように、
何度も何度も君を汚しては破り捨ててきた。

白紙よ、君はまだ白い。
なにものでもなく、なんにでもなれる。
僕はずっと君を飾る言葉を考えている。

僕なりの言葉が
僕なりに連なり
僕なりのリズムで
僕なりに美しく、

あなたを飾れるなら、それでいいんだ。
こればっかりは、
自己満だ、自己中だ。
かまうものか。
誰にも譲れない、聖域なんだよ。
白紙よ。あなたのことなんだよ。
時は過ぎる。
いつのまにか。
いつのまにか。

時は過ぎて、還らない。

一日中寝ていても、
歩いても、漫画読んでも、
仕事しても、お酒飲んでも、
時は過ぎる。

時間は平等だとある人は言う。
誰にも平等にあり、平等に過ぎる。

その中で何をするか、何をなすか、
大事なことだと、ある人は言う。

積み重ねた時だけが、
積み重ねた時だけが、
その人の価値となり、
その人の未来を明るく照らす。
それはつまり、努力であり、
たゆまぬ鍛練、歩き続けた力。

浅い人間だと、ふと思う。
自分は重ねてこなかったと、ふと思う。
みなが築き上げた塔の上にいるのを、見上げて、
下手をしたら生まれたときからなにひとつ変わらない場所にいるような自分を見て、ふと思う。
泣き出したくなるような、絶望的な高みに彼らはいて、自分はそこにはいない。
つまらないと、ぼやくけれど、
つまらないのは、自分のことだ。

その高みに自分は登れたろうか?
その高みに今から追いつけるのか?

考え始めたら、もう動けない。
その高みを見上げて、すくんだ足を、
しかたないと、しかたないと。

そう言い聞かせてる時間も過ぎる。過ぎる。

無情だ。
情け容赦なく、時間は過ぎる。

生きる価値、生きる意味、
ゆらぐ。
いたずらな時を、
いたずらに過ごし、
ぼんやりと、飯を食い、
ぼんやりと、ケイタイを眺め、
ぼんやりと、笑ってみたりする。

ぼんやりとした幸せに、
ぼんやりとした満足に、
ぼんやりとした生活に、

ぼんやり過ぎる時を、
時に恨めしく思いながら、
こんな生活も悪くないかなんて、

妥協の中で生きていく。

過ぎいく時を生きて逝く。

いっそのことと、頭をよぎることもある。



でも、
少しだけ、夢を見よう。
少しだけ重ねよう。
引きずるものの増えた今だから、
たくさん、今すぐ、重ねるのは難しいけど、
一円玉を一日に一枚、貯金するように、
ほんの少しだけ重ねよう。
そうしてる自分は、
そうして時を過ごしてる自分は、
いたずらに過ぎる時の、半歩外にいて、
少しだけの価値のある生き方をしてるような気になるから。
もしかしたら僕にでも、たどり着けるのかもしれない。
そう思える時だから。

いつのまにか過ぎる今が、
いとおしいと思える今だから。