今日から6月の稽古がはじまる
6月は小中学生にとって大きな柔道大会がある
小学生は長野県チャンピオン大会
中学生は全中に向けて中信予選がある
こんな話が思い浮かんだ
強国に屈さなかった青年の執権ー北条時宗
強大な国との決戦を決意
これは日本を救った勇気ある青年の話です。
当時、宋の国が元(モンゴル帝国)によって滅ぼされ、中国大陸から逃げてきた
人々の情報から、元がどんな強大な国であるかは、わが国にも伝わっていました。
元の領土は、東は朝鮮、南はベトナム、西ははるか遠くポーランドやドイツに
まで及ぶ大帝国でした。
こんな強大な元からの使者が、「降参するか、戦争するか、どちらでも選ぶがよ
い」という内容の国書(手紙)を持ってきました。
このとき、日本の統治を動かしていたのが、鎌倉幕府の執権、北条時宗でした
(18歳で就任)。世界史の中でも類を見ない強大な国が攻めてくるというときに、
日本の運命をになったのが、青年時宗だったのです。
人は、事の重大さのあまり、自分を見失い、何をしたらいいのかわからなくな
ってしまうことがあるものです。しかし、時宗は違っていました。時宗は、即座に
全国の家来に命令を下して、決戦の準備をさせました。
元軍の撃退に成功
中国から渡ってきたお坊さんが、時宗の相談相手になっていました。お坊さんは、
「くよくよしてはならん」「一歩も横によけてはならん」と忠告をしてくれました。
元は三万を超える大軍を率いて、日本に攻撃を仕掛けてきました(時宗24歳)
二度目の来襲では、十四万もの大軍がおしよせてきました。しかし、日本の武士た
ちはよく戦い、一歩も上陸させず、三ヵ月近くも元軍を海上にとどめていたのです。
鎌倉武士の奮闘と、暴風が吹いて元軍の船が転覆するという幸運も重なって、
時宗は元を撃退することができました。
道徳の教科書 渡邉 毅 PHP文庫
文永の役 1274年 wikipediaより
やるぞ!
