今日は死ぬのにもってこいの日 -49ページ目

個人的考察:計画節電と批判について

昨日、今日と東京の交通網は大変な騒ぎです。
駅には人がごった返し、我先にと乗り込む車内は人の
熱で温度が上昇していました。

東京メトロ、JRの一部は本数を減らしながらも、何とか
運行していたようですが、ほとんど機能を停止した私鉄
や駅もあると聞きました。

その原因は東京電力が発表した計画節電にあるという
ことで批判・非難をしている方もいらっしゃるようですが、
少し冷静に考えてみましょう。

ここで問題(というか、批判の論点)になっているのは、


1.節電地域を直前まで発表しなかったこと

2.発表後に実施の有無、地域が二転三転したこと

ことだと思います。


しかし、1に関しては完全に事前発表することで、電力
が停止した地域の犯罪目的者を不用意に誘発しない
という目的があると思われます。

日本人の国民性では、1977年のニューヨーク大停電
の時のような大規模な犯罪は起こらないと思いますが、
それでも用心に越したことはないでしょう。

日本でその種の犯罪が起こらないと思っている方は、
ハッキリと認識が甘いと個人的には思います。


2に関しては、たしかに発表の一貫性がなく混乱を
生じさせたことは事実です。

これは、大手企業ならではの意思決定の遅さ、
システム上の問題などが起因すると考えられます。

しかし、全体の需要と供給バランスを見ながら部分
停電に留めるというのは並々ならぬ作業だと予想
されますので、簡単にはいかないのは当然でしょう。

そして、そもそも論として、通勤・通学や3時間程度
の電力停止が、大多数の人にとっては生体レベルの
危険性ではないという事実を再認識すれば、被災者
方々の心情を想う心の余裕も持てると思うのです。


今回のような事態になると、急に政府・企業批判を
始める人がいますが、事実を追求することと、責任の
所在を求めることは違います。

ある人が今まで原発に疑問も覚えず、その利便性を
享受し続けていたとしたら、責任の所在は止められな
かった我々にもあるのです。

そして、私もその中の一人です。

ただ、できることは事実の追求は欠かさずに行った上で、
未来に備えた新しい対策を構築し、それを追求すること
だと思っています。

その為には事実の追求を徹底してやる。
個人で出来ること(寄付や家族・親戚・知人のサポート)
を可能な限りやる。

このぐらいしか思いつきませんし、またより大きなことは力
を持たないと意味を持たないと思います。

この文章を読んで気分を害した方がいたら申し訳ないの
ですが、今回ネット上で政府や原発批判が散見された
ので、一個人としての意見をここに記させて頂きました。

大変長文になりましたが、最後まで読んで頂きまして
ありがとうございました。