今日は死ぬのにもってこいの日 -23ページ目

精神が破壊されました・・。

社会人二年目の時です。

大手商社に就職したは良いものの、遅くまで続く
業務と接待で連日深夜の帰りが続きました。

うつ病、あるいはうつという感情は案外地味です。

最初は寝つきが悪くなり、朝起きるのがつらいところ
から始まりました。

その後、会社に行くのが本当にしんどくなり、
行っても心休まるときがなくなりました。

取引先訪問と嘘をついて、そのまま自宅に帰って
死んだように眠る日々が続きました。

その内に、そもそも朝起きることができなくなり、
ある時期から完全に会社に行かなくなりました。

大手の会社だったので、休んでいる間の給料は
傷病手当金という形で補償してくれましたが、
心は常に暗黒世界に生きているようでした。

この時に僕はもう死んでしまおうかと
思ったのですが、一つだけ自分を救った考え方を
思い出したので、皆さんとシェアします。

それは、

「このつらさは誰にも理解できないことを自覚する」
ことです。

なぜか?

例えば、テストに合格して嬉しいとか、
彼女とデートして楽しいとかの感情だったら、
人は類似体験して共感することが出来ます。

多くの場合、ポジティブな感情というのはその種類
も出来事もそう多くはなかったりします。

・テストに合格
・彼女ができる
・飲み会
・昇進

分かりやすいですよね?

しかし、反対にネガティブな感情は複数の感情が
絡みあって、本人にしか理解できないほどの
複合体になっています。

・引きこもりなどの社会的退却
・不良、やくざなどの反社会的活動
・試験や勉強の挫折
・合格後の虚無感
・5月病

これらに遭遇したときに感じる複雑な心境を上手く
説明できる人はいますか?

自分でも説明できないと思います。
よって、人には理解りません。

しかし、人には理解できないと理解したときに、
僕はもう一つ大事なことに気が付きました。

それは、

「自分を本気で理解しようとしてくれる人のことは
 理解できる」

つまり、その当時付き合っていた恋人や友人が
自分のことを本当に理解してくれようとする態度は
嘘ではないとハッキリと理解ったのでした。

そして、それがどんなに得がたいものであるかも。

その時に、僕はいつか自分にも心穏やかな日々が
来たのなら、彼らに思う存分恩返しをしようと決意
しました。

恩返しという言葉は何となく好きではありませんが、
自分が受けた感情をそれ以上に与えてあげようと
決意したのでした。

そして、今の僕は悩みもなく毎日楽しく生きている
ので、実際にそうしています。

相手のことを真剣に理解しようとするのは、
ときに辛く苦しい作業ではありますが、
僕にはそうするだけの理由があります。

自分の大事な誰かのことを大切に考えて行動する、
これ以上のことは人生に存在しないと思っています。

毎日、感謝の気持ちでいっぱいです。

これを読んだあなたも、毎日楽しく充実した日々が
遅れることを心から祈っています。

最後まで読んでくれて、ありがとうございました。