今回の熱海地区の土砂災害に思うこと | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

熱海市、および近郊の皆様・・・

この度の被災、心よりお見舞い申し上げます。

 

そして、報道各社様、どーしていつもあなた方は、アップされた動画をみて、

斜面の傾斜角が・・・とか、***川のリューイキ面積が狭かったので、といったつまらんディスカッションを

災害の度、深夜までなさるのですか?

結局、そういった報道は、悲惨さをあおることにもなりかねません。

まして、家並みがトーカイ・リューシツしていく映像を何度も眼にするのは苦痛でありました。

「当放送局は水道・ガスなど・・・」インフラ機能不全に陥った地域へ少しでもお手伝いを差し伸べるとか、

「義援金受付はこちらの窓口マデ」といった、お知らせは、昨日23:30までなかったよー残念に思いました / やっていたら謝ります。

 

トコロデ、約100年前の1923年、関東大震災の時の熱海の人的・建築被害の記録があります。

*関東大震災時の現・熱海市と現・伊東市の人的、家屋の被害状況

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この時は、津波の影響もあり、今回の災害と同列の比較は不可能ですが、

震災の影響により、真鶴ー熱海間の「熱海鉄道#」が、がけ崩れと地盤崩落で壊滅的打撃をこうむり、

そのまま営業廃止となっており、この辺の地盤は頑丈ではなかったという傍証になるかと思います。

当時の技術では、動画を残すことはできませんでしたが、紙媒体はきちんと残っており、「大量降雨の結果」はそれこそ

今なら簡単に結果をしゅみれーとできるはずで、そこから過去の実害を加味したハザードマップを作製する他、

普段から危機管理はできたはず・・・ま、私が申しあげることではありませんね。

 

#熱海鉄道:明治28[1895]-大正12[1923]休止ー大正13年廃止

軌間:610 ➡ 762 mm 明40[ 1907 ]年改軌

経営母体:豆相人車鉄道 ➡ 熱海鉄道[ M38 1905 ] ➡ 大日本軌道小田原支社 [ M41 1908] ➡ 熱海軌道組合 [ T9 1920]

動力:人力 ➡ 人力 / 蒸気 ➡ 蒸気 [ 移行年度は不明ながら、蒸気機関車全面導入は改軌以後と記載がありました]

営業区間:小田原ー熱海 ➡ 真鶴ー熱海[鉄道省熱海線小田原ー真鶴間延伸による短縮、年度?]

 

☆「熱海鉄道」については「全国軽便鉄道 岡本 憲之 氏 著 Can Books    JTB編集事業部編集三部 1999.3.15

   を参考にいたしました

 

 

例によって最後までのお付き合い、ありがとうございました。

 

  カラスのクンセイ 拝