筑肥線が「北九州鐡道」だったころ、ちょび、(コメントに代えて) | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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  せん。

北九州鉄道線は、博多駅から東唐津駅まで西進し、そこでスイッチバックし、山本まで南下。

東唐津には車輌基地などあり、中間駅最大の基幹駅でした。

同線は「山本」で唐津線と接した後、方向を南西へと少し変え、伊万里へ至る鉄道線で、

現在博多寄りの一部が地下化、電化された以外、九州南西部の幹線鉄道の地位は変わっておりませんし、

山本駅は唐津線との離合駅としての重要性は今も昔もそのままであります。

 

路線の形成は、

大正14(1922)年東唐津まで、昭和10(1935)年に全線が開通、昭和12年国有鉄道となりました。

全長は85.9kmであります。

 

時刻表から

博多ー東唐津まで、速達列車は50分で到達と「会社の宣伝に」ありました。

4本の急行列車が走っております。

変わっているのは伊万里まで各駅停車になると、ほかの各駅停車列車と同様鈍足になることです。

 

急行列車には「ディーゼル」車輌が使われました

 

国有時、ガソリン車1形式5輌、ディーゼル3形式6輌

*キハ5-9→省キハ5020形 5022-26 昭和5年 ガソリン車、11m、60人、

  当形式のみ片ボギー車。

  ブダBA6(41PS→K428,57PS)

**ジハはディーゼル車

**ジハ20・21→40650形 46650・651 昭和8年 13.5m  76人

 ☆ユンケル(独)6-1(62kw=84.3PS→サウラBLD106PS)

 ☆航空機ファンの方ですと「ユンケル」より「ユンカース」のほうが通りが良いでしょうか?

   1KW=1.36PS, 1PS=0.7355KWで計算しております

**ジハ50・51→40650形 46652・653 昭和10年 15.6m  92人

サウラBUD(120PS)

ジハ20-21とは全く別物ですが同じ会社の買収車・・・ということで同一形式tなったようです

**ジハ60・61→40650形 46654・655 昭和11年17m 108人

サウラBUD(139PS)

 

昭和10(1935)年当時の北九州鉄道線時刻表です

<参考図書>レイル1978.8, 私鉄探求<シリーズ3>・北九州鐡道とその車輌 pp10-18 谷口 良忠 氏著