近鉄雑感ー国鉄の財政崩壊から国鉄分社化(昭和51-62='76-87年)の頃の国鉄 VS 近鉄 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

久々、本筋に戻って、国鉄 VS 近鉄のオハナシです。

 

雨国鉄の財政崩壊 昭和51(1976)前後のオハナシから・・・

  昭和51年11月に行われた国鉄の運賃・料金を、突然それまでの1.5倍にする大幅な値上げや、その後も

 ほぼ毎年繰り返される値上げ、その頃から過激を極めるようになった労使紛争による(スト権)ストライキ

 そして設備の老朽化に伴う補修点検のための半日運休などが原因で、その後昭和57年頃まで自動車や

  航空機、そして名阪間では再び近鉄特急のほうに乗客が移っていくなどして、新幹線の乗客数は減少を

  続けることになりました

****<図ー1>国鉄/JR初乗り料金(戦後)*****

昭和20(1945)年:10銭ー昭21:20銭ー昭22:前半50銭/後半1円ー昭23:5円ー昭26:10円-

-昭28:20円ー昭44:30円ー昭51.11月:60円ー昭53;80円ー昭54:100円ー

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  一方、新幹線登場まで、名阪間は、まさに近鉄の天下で、国鉄の急行・準急電車の頻繁運転、名阪間に

  特定運賃割引の設定までした「こだま型電車特急群」の就役もコトゴトク退け、連戦連勝でありました。

  しかし、サシモの近鉄も、新幹線だけは別格・・・ついに名阪甲特急も、ラクジツの時至れりと、アワレ

   2連(たまに間違って3連)運転が続いておりました(昭和51年3月改正ダイヤではついに甲特急ノミナラズ

  乙特急までもがオノオノ減便、甲特急の全便2連化を決定:後述)。

  名阪甲特急がかつての賑わいを取り戻す時といえば、唯一、関ケ原付近の降雪のため(当時スラブ軌道の

  評価が定まっていなかったため、現在も関ケ原付近はバラスト軌道であります)新幹線に運休あるいは

  大幅遅延が見込まれるときだけになっていました。

  この年の近鉄側の明るい話題は、11月23日、新青山トンネル開通とトンネル前後の別線複線による

  ルート替えで、大阪線の全線複線化が完成

  さらに、同年12月20日には鳥羽線の複線化も完成する程度にとどまるかに見えましたが・・・

 

 ●さて、いよいよ昭和51(1976)年がやってきます。

   昭和51年3月18日 大阪線・鳥羽線の全線複線化に伴うダイヤ改正が行われ、

     ・「阪伊特急」を中心に増発・速度向上

     ・「名阪特急」は甲・乙ともに削減

        「名阪甲特急」は翌52年まで終日2輌編成の運用予定(車輌は阪奈特急と共通運用)    

    「名阪乙特急」は原則上本町発着から難波発着に変更

  ・ 「阪伊乙特急」と「京伊特急」の併結運転を廃止し単独運転。

     ・大阪線、山田線、鳥羽線での10輌編成運転廃止。

 

 ●昭和52-55(近鉄再度積極策へ)-62(1987)年:国鉄からJR分社化へ

 ところが!!

  昭和51年11月に実施された国鉄の運賃・料金大幅引上げを契機として名阪特急は運賃面で優位と

  なったことから、乗客数が急速に増加に転じ、これに併せて

 翌昭和52年1月18日のダイヤ改正では

  早くも全列車2輌編成での運転を見直し、3ないし4輌編成の列車も再び設定され、昭和55年3月18日

  ダイヤ改正ではついに甲特急の2輌編成の列車が消滅し、最低編成両数は3輌編成となりました。

 

  昭和55年3月18日のダイヤ改正で、ついに・・・

  先の、国鉄の<昭和51年以来の労使紛争・運賃値上げ>が顕著となり、名阪間の「新幹線」と

   「名阪特急」の料金格差が広がったことから、安さを求める乗客が近鉄へ再びシフトし「名阪特急」の

     利用客が増加、

     この改正で名阪甲・乙特急ともに久し振りに増発を図ります。

   ・朝の「阪奈特急」1本が大和西大寺駅 - 難波駅間で10輌編成運転を開始(10輌編成特急復活)。

    ・「湯の山特急」を「名阪乙特急」と別枠で設定

       (これまでは名阪乙特急の時刻を利用していたため、湯の山特急の設定時間帯のみ名阪乙特急の

        運転間隔が2時間開いていました)。

 

   昭和56年改正では、一部で、「待ちに待った」大阪線、山田線、鳥羽線の10両編成特急が復活しました。

 

 さて、昭和60(1985)年頃には

 4- 6両編成を組む列車が当たり前のようになるなど、利用客は旧に復するほどに大きく挽回。

 その後も国鉄の運賃・料金の値上げは繰り返し実施されたこともありタイソーモーカッテ・・・奇跡ともいえる

 復活劇を遂げました。

 

 そして、昭和62年4月

 には、国鉄がイヨイヨ「くーちゅー分解・・・分割民営化」されて。各地方ごと担当の「JR社」となりました。

 折からの好景気もありましたが、さすが近鉄さんは、この「金が動いていている時期」に、今までの

 やり方では、当時の世相とベストマッチではないと、感ずるところがあったのでしょうか?!

 この機を逃さんとばかりに、完全な方向転換とユーほどではありませんが、進行中の復活劇を「ただ大切に

 進める」だけではなく、もう一歩踏み込み一工夫して前進を図ろうではないかという意欲を見せました。、

 その代表的な例として、「名阪特急」にさらなる利用客の増加・リピーター獲得を図り、それまでとは

 設計・アメニティなど根本から発想を変えた新しい車輌を投入すべく開発を進めることとなり、その一環で

 「ビスタカー」に取って代わって、

  昭和63(1988)年3月には、新しい近鉄特急の顔となった「アーバンライナー,21000系」が誕生しております。

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<写真>更新を受けた21000系=アーバンライナーplus

「Wikipedia:近鉄特急史」様

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E9%89%84%E7%89%B9%E6%80%A5%E5%8F%B2

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 またこの時、近鉄特急の最高速度がそれまでの110km/hから120km/hへ引き上げられ、名阪間の

 所要時間は10分ほど短縮、難波 - 名古屋間は最速2時間5分、鶴橋 - 名古屋間は最速1時間59分となり、

 名阪の所要時間はついに2時間以内となりました。

 これは後日、短期的効果として、最大6分の所要時間短縮に加え、綿密なマーケティングリサーチを行ない

 車輌やサービスに対する利用者の声をまず社内に反映、次に現場へフィードバック、さらにこれを長期的に

 繰り返し追跡することによって、結果的に名阪特急全体で概ね1割の需要増加となりました。

 

 この成功により、平成2(1990)年、名阪甲特急全列車の21000系化と、21000系の一部8両編成化が実施

 されます。

 この時点で

◆名阪間の所要時間は

 ◇東海道新幹線

  名古屋駅 - 新大阪駅間で最速48分、

  地下鉄でのアクセス時間を加えても名古屋 - 難波間は1時間20分前後。

  10本/hr

  ◇近鉄

  片道2本(伊勢中川駅乗換え便を加えても4本)/hr

        運転頻度でJRより劣る近鉄は、不利な条件を以下の工夫で対抗しています。

  ▲運賃・料金
〇正規料金
 ・大阪難波駅 - 近鉄名古屋駅間:運賃+特急料金=4,260円(レギュラーシート)、
 ・新大阪駅 - 名古屋駅間:運賃+新幹線特急料金込=6,550円(通常期のひかり、こだまの指定席)
  近鉄が2,290円安い
   ■*通常期ののぞみの指定席よりは2,500円
    *のぞみ・ひかり・こだまの自由席利用よりは1,570円安い)。
   ■回数券の名阪まる得きっぷは、1枚当たり3,350円と新幹線のほぼ半額
   ■「新幹線自由席早得往復きっぷ*」(名阪間往復切符で9,150円)=近鉄とほぼ拮抗
     *乗車予定日の7日前までの購入が必要。
 
  ▲利便性
近鉄は大阪市南部(ミナミ)の繁華街「難波」に直接乗り入れて、乗り換えを不要。
また、大阪市営地下鉄や南海電気鉄道、そして阪神との結節点となる難波にターミナルを置くため、
特に大阪の東部・南部と名古屋の間での利用は近鉄の方が多方面へのアクセスに有利。

各方面の特急網の現況

 

阪伊(はんい)特急

 は、大阪と伊勢志摩間特急で、大阪難波駅・大阪上本町駅 - 名張駅・伊賀神戸駅 松阪駅・宇治山田駅・

 五十鈴川駅・鳥羽駅・賢島駅間に列車が設定されています。

 名阪特急と同様に、停車駅の少ない甲特急と、主要駅停車の乙特急があります。

  連絡列車

  乙特急:伊勢中川駅⇔名伊乙特急、大和八木駅⇔京橿特急、相互接続。

     ➡従って、名阪特急の停車しない大和高田駅・榛原駅などから名古屋方面への利用を可能とする   

            京都線内特急停車駅と名古屋線内特急停車駅との連絡

 

名伊(めいい)特急

 は、名古屋と伊勢志摩を結ぶ系統で、近鉄名古屋駅 - 津駅・松阪駅・宇治山田駅・五十鈴川駅・鳥羽駅・

賢島駅間で運行されています。阪伊特急と同じく、甲乙両タイプが設定されています

  連絡列車

  乙特急:伊勢中川駅⇔阪伊乙特急、津駅⇔名阪甲特急、相互接続

 

*****<図ー2>近鉄主要特急路線図*****

「近畿日本鉄道様」http://www.kintetsu.co.jp/gyoumu/Express/A10002.html

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     国鉄からJR倒壊へ・・・東海の逆切れ…逆襲

 

分社化以降

昭和62(1987)年)4月、国鉄が分割民営化(JR化)され、東海道新幹線は東海旅客鉄道(JR東海)の管轄と

なりました。以前の「比叡」廃止の代償として、名古屋市内 - 大阪市内で1枚あたりの単価が近鉄特急より

若干高いだけの特別企画乗車券である「新幹線エコノミー回数券」が発売されていて、スピード重視の乗客

金券ショップで「新幹線エコノミー回数券」を購入するようになり、またバブ期であったこともあり、若干新幹線の

客も持ち直しました。

 

国鉄が分割民営化によりJRとなって間もない平成2(1990年)3月、JR東海は伊勢鉄道伊勢線を経由して、

名古屋駅 - 鳥羽駅間を結ぶ快速「みえ」の運行を開始し、同系統の速達列車が復活しました。

「いすず」の失敗の経験を生かして快速列車としました。

車輌は「キハ65」を中心とした高齢者ディーゼルカー車輌群。

なんでこんな時代遅れなの持ってきたの?

間違っていたらごめんなさいね?!

ずーーーーと昔、初代京阪神間の新快速にオールドタイマーの153系を導入しても成功したから、今度も

うまくいくと思った?

少なくとも153系はあの辺の阪急・阪神特急に比べて「勝負してもよさそー」と思う点が2つはありました。

①京阪神間の所要時間が先の私鉄2社特急とほぼせっていとこと。

②室内インテリアで「デッキを持っていた」という点、私鉄特急と比べて捨てがたい良さではなかったか?

と思われます。

 

それと比べますと、「キハ65」は近鉄特急車輌群と比べ何一つ優れた点がなかったように思います。

 

 

平成4年3月

新たに「のぞみ」といった列車を登場させるなど、国鉄時代とは打って変わってJR東海は積極的な政策を

見せるようになりました。

 

 

平成15年10月

の東海道新幹線に品川駅が開業したダイヤ改正時には、

・「ひかり」の多くを「のぞみ」に格上げし

残った「ひかり」・「こだま」の名阪間では

  新たに乗車する1週間前までに購入することで割引となる

   「自由席用の特別企画乗車券、「ひかり・こだま自由席用早特きっぷ」を販売するようになりました」

    (これと引き換えに「新幹線エコノミー回数券」は廃止)。

    しかし、「のぞみ」と「ひかり」はさほど名阪間では所要時間に差がなく(最速「ひかり」は「のぞみ」と

    所要時間が同じ)、同区間における「ひかり」から「のぞみ」への格上げは単なる「値上げ」であり、

    さらに、「新幹線エコノミー回数券」が廃止になって、乗車当日に新幹線自由席に安く乗車することが

    不可能になったことも相まって近鉄名阪特急の利用客が増加

 

平成21年3月

  にJR東海側のダイヤ改正で日中の名古屋 - 亀山間の普通を快速に格上げして名古屋 - 四日市間に

  普通を毎時1本増発し、従来の四日市発着普通や「みえ」と合わせて名古屋 - 四日市間の快速・普通列車を

  毎時2本ずつに増加させました・・・そして・・・

 

平成23年3月

ダイヤ改正で「みえ」の全定期列車が4両運転とされたため

 

平成24年、近鉄側の対抗策ともいえるダイヤ改正

 ①名阪甲特急を津駅に全列車停車させて名古屋 - 津間の所要時間短縮を図る

 ②昼間時の伊勢中川駅発着の急行を松阪駅まで延長して松阪駅までの実効本数を増加させる

 ③名古屋 - 四日市間の急行と準急 (始発駅を急行の続行で発車して終着駅まで後発の急行よりも先着)

   ➡日中に1時間1本ずつ増発 (実際は毎時2本設定されていた富吉駅発着の準急から置き換え)

    古屋 - 桑名・四日市間の速達列車を増加させました

 

現在

では名古屋 - 伊勢間輸送においては圧倒的に「近鉄特急」の方が本数などの面で優勢であるため

近鉄名伊特急と競合しないよう鳥羽方面の列車は名古屋駅を近鉄特急の発車時刻とずらすといった施策が

とられています。

しかし名古屋 - 桑名間では特定運賃継続採用も相まって乗車実績がよい

また近鉄の急行電車との間では健闘しており「みえ」の定着後に

・近鉄の方が対抗策として名古屋 - 松阪間の急行増発(実際には伊勢中川折り返し急行の延長または

  上本町発着の列車からの接続の改善)や

5200系などのクロスシート車両の集中投入を行うといった施策を行っています。

平成22年のダイヤ変更では昼間時に名古屋 - 四日市間急行を1時間1本増発し、準急から格上げしました。

 

= = = = = = = =

余り最近のことを書いても、北海道人の私より、読者諸賢の多くは本州の方が多でしょうから、お詳しいと

思いましたので一応2000年をメドに近鉄vs国鉄/JRの戦いのオハナシは終わりにしたいと思います。

 

とおもったのですが、聞き捨てならぬ問題を小脇に挟んだので(ホントにそーなんだろーな?)

ヒトツだけ?・・・

ちょっと遡って・・・平成19年・・・近鉄社長の小林哲也氏

 阪神ーなんば線を使って、阪神線のみならず、将来的には神戸高速鉄道を経て山陽電気鉄道にも近鉄特急を

 乗り入れさせ、奈良・伊勢志摩と神戸・姫路間を直通させたいとの意欲を示し、阪神電気鉄道などと交渉を

  行っていることを明らかにした・・・これはいったいどーなったのでしょう??

 

***************************************:

 

どなたかこの結果ご存じの方情報お待ちしております。

 

ところで、先にもお伝えしました通り、近鉄ー国鉄のバトル編は今回で最終回です。

長い間、だらだらと書き続けてきましたが、 ずーとご覧くださった方からチラ見してくださった方まで

厚く御礼申し上げます。

まだ、難読地名など残っていますので、三重県付近には今しばらくはおります。

 

                                                                         カラスのクンセイ拝

今回のソーテー外ブロクのフロク

<図ー3:参宮線>

多気=x外城田=田丸=宮川ー山田上口=伊勢市(山田)ーX五十鈴ヶ丘-二見浦ーX松下ー

ーX臨・シーサイドー鳥羽

(凡例)X:列車行き違い不能、駅間=印:戦前複線、昭和19年複線分戦時供出

難読駅名:多気:た、外城田:ときだ、二見浦:ふたみうら