家宣の葬儀にて・・・
家継:お父ちゃん、このたびはお疲れさん。でも、志半ばにして、死んでもうて、くやしーやろー。
家宣(故人):しゃーないやないかー。先代様(5代、綱吉)みたいに、将軍職28年も勤めあげて、
63歳まで 御存命でおらっしゃったなんてことは、とーてーワイの体力の及ぶ所でないさかい。
これでよかったんや、思-とる。
家継:でも、お父ちゃん。お父ちゃんは5代目様の作った決まり事を、短い間にあまりにも変えすぎて、
気持ちの疲れがたまっていたのとちゃうノン?それがもとで・・・
家宣:めったなことゆーもんやあらへんで。親子の間でも「レーギ」ちゅーモンがあるよってにな。
でもおまえのゆーことも一理あるかもしれへんな。
家継:それにお父ちゃん、まじめだしな。普段の仕事も、5代目様のように適当にやっておれば・・・
家宣:家継、おまえ、いーかげんに、しーや。お父ちゃんなー、親ばかかもしれんけど、おまえの頭の
いーとこ、勘の鋭いとこ認めたるわ。
ただ、心でおもったことすぐ口に出てくるところ何とかせんきゃならんな。
家継:どーしてや。
家宣:えーか?!たとえば、さっきのおまえの綱吉様の「仕事の手を抜く話」、おあいしたこともない
御仁の批評をしたときに、めぐりめぐって、御本人の耳にはいったとしよーか?
その方はおまえのことをどないな人間にうつるかの?
他のことでもなんでもそーや、まず自分の言葉で相手がどない思うか考えてから話すレンシューを
これからやって行かんとあかんで。
政(まつりごと)の決まり一回発すれば、後からナカナカ手直しは効かんもんや。
その前に、お侍や町民・農民がこの決まり事で困ることはないか、怒ったりしないかよく考える
ことが 一番大事なことやあらへんやろか?」
家継「ん・・・」
家宣「そないに、しょげることあらへんやないか、まだ仕事ははじまっていない。それにお前を助けて
くれる重役の方々もおられるやないか、な?
この話はここでしまいや。
ところで、おまえ、征夷大将軍の最年少記録を塗り替えたいうやないか?」
家継「あ、それお父ちゃんに聞いてもらいたかったんや。幕府の御重役様から記念に何か
ほしいものはないか?と聞かれたさかい、武田軍の赤備え(*)一式ほしいて言うたんや。」
家宣「江戸城内にまだそないなものが残ってあったやろか?」
家継「今日、お父ちゃんの葬儀の正装に、赤備えの鎧兜で出てみたいんや。」
家宣「使者をおくるときは黒と決まっとるやないか。赤は不吉や、やめとき。」
家継「御重役からはお許しを頂いとるで」
家宣「いや、そーゆーもんだいではなくて・・・」
家継「ぢゃ、支度してくるよって、マッテテヤ・・・」
家宣「なんや、この胸騒ぎは・・・」
・・・遠くから大勢の人間の声と、足音・・・
家臣団「家継様、お咳の発作・・・武田の緋色縅(鎧糸が赤色)をお召しになってからだぞ・・・武田の
呪いか?」
家宣「アホくさ。鎧のなかのホコリを吸いこんで咳が出やすくなっただけやないか・・・
あーあ、家継はワテをいつになったらすっきりと成仏させてくれるんやろ?
このままでは死んでも死にきれんではないか???」
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*徳川家宣(いえのぶ、6代):1662生ー1712年没、<在位:1709-12.10の3年5月)
5代将軍になるチャンスはありましたが、綱吉(家宣より16歳年長で叔父にあたります、母上の出自が
はるかに上流階級)にはばまれました。
綱吉の出した生類憐みの令、酒税を撤廃したところで死去しましたが、庶民からは惜しまれて亡くなりました。
他に、自らも学問好きで、幕閣に学者を登用、情に厚く、上記以外の法制度の改革にも着手、名君の誉れが高く、
幕閣からもその死を惜しまれたということです。次の家継の世と合わせ、この改革を「正徳の治」と呼んでおります。
*徳川家継(いえつぐ、7代):1709生ー1716.6没<在位:1713.4-1716.4,史上最年少の征夷大将軍>
家宣の4男。長男は2ヶ月、二男は2歳、三男も早世。家継のみ生き残りました。
父に引き継いで正徳の改革を側近らと行うが、次第に側近政治といわれるようになります。
本人の資質は、父親譲りですぐれていたようです。
結局この人も「風邪をこじらせ、若くして命を落とします。
(*)武田の赤備え:信玄直属のエリート武装集団:現代流で言うと「大統領親衛隊兼首都防衛隊」+「完全機械化緊急
展開部隊」といったところでしょうか?以後、「井伊<彦根>の赤備えなど類似品が出てきますが、いずれも
精強なエリート完全武装集団であることに変わりはありませんでした。
この二人が政務をとっていたら吉宗さんの出番はなかったでしょう。
とくに家宣さんの功績はもっと評価されていーと思いました
江戸幕府中盤のショート・リリーバー達、家宣(6代、いえのぶ)・家継(7代、いえつぐ)父子 了