家綱君の3歳の日記、1644年 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

家綱君「保科(叔父の保科正之)!保科はあるか!?」
保科「ははっ、おん前に・・・(ちっ、めんどーごとかな)。」
家綱君「余は退屈じゃ、遊んで・・・お。はんぞー、よーきた、遅かったではないか!!」
保科「なんで下っ端まで呼びつけて・・・このくそいそがしいのに・・・」
5代目服部半蔵(架空の人物)「は、じつは伊賀上野の松尾家に男子が生まれたと連絡が
   入りまして・・・」
家綱君「歌人にせい!!」
半蔵「上様、伊賀組、最近、人手不足でございまして・・・お言葉を返すようで、恐れながら・・・」
家綱君「何ぢゃ、いうてみー」
半蔵「早速にでも、名張の山中にでも、連れて行き、忍びの修業をと・・・」
家綱君「そーか。百地亡きあと、伊賀組を束ねるのはそちぢゃ。
     すきにするがよい。」
半蔵「は、もったいのーーオコトバ。」
家綱君「ところで、先ほど、お主の、使者が<天下の一大事>とやらが起こったので是非とも
余と相談したいとのことであったが、火急のことかの?」
半蔵「は、実は鈴ヶ森の刑場の由比正雪のさらし首は真っ赤な偽物、今頃、配下の陰流忍群と
糾合いたしまして、再度事を起こそうと」
家綱君「ちょっと待て、確かな情報か?横山光輝氏(うじ)のこみっく版の話ではあるまいな??」
半蔵「は、AP=共同でございます。」
保科「上様、拙者は・・・」
家綱君「保科ぁ、まだいたんか!下がってよいぞ!!。はんぞー、手はうってあろうの?」
半蔵「は、影丸以下、6名の忍者に正雪を追跡させております。」
家綱君「はんぞー。いつもながら、抜け目ない奴よのー。
     尾張徳川、彦根の井伊にも目を光らせるようつたえよ。」
半蔵「ははー」

酒井忠勝:家綱君を抱き上げて、それまでセリフを言い続けてきた男が登場した。
   「一同、それがしの今日のおかみのできはいかがであったろうか?」
半蔵「いや、さすが、酒井様。今までのどなた様とも劣らぬ出来栄え(当時の幕閣で一番年長)。
    半蔵、涙が出ましたぞ。」
酒井「そーであろー、、そーであろー」
   酒井は自室に消え去っていった。

この後、酒井抜きで「慶安の乱(由比正雪の乱)」の作戦会議が始まった。
「影丸云々」などの話も、忍者が活躍したころの、酒井をヨロこばせるための半蔵のアドリブである。



徳川家綱:4代徳川将軍(生誕:1641,在位1651-1680)
保科正行:家綱の叔父、1611-1672
酒井忠勝:江戸幕府初期の大老1587-1662。家綱の補佐役の一人。


 家綱君の日記  了