koten-koten お!?区の細道 「旅立」 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

<原文>
月日は百代(はくたい)の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり。船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。
古人も多く旅に死せるあり。 

予もいづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂白の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣をはらひて、やや年も暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越えんと、そぞろ神の物につきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、股引の破れをづづり、笠の緒付けかへて、三里に灸すゆるより、松島の月まづ心にかかりて、住める方は人に譲り、杉風が別所に移るに、 

草の戸も住み替はる代ぞ雛の家 

表八句を庵の柱に掛け置く。

<現代誤訳>
月日(月山日本運輸)は百代(ももよ)さんの会社にとって貨客とも重要な顧客でありました。
ここ何年か過ぎ去った年度をふりかえっても会社の慰安旅行のお得意さんであります。
遊覧船の上では、ショーの鵜飼を見せ、それでも中には、馬の口に手をいれたりする、H・マサノリさんやM・トモコさんのよーなお客様(え?!少し違うのではないか?・・・と??)には毎度そーゆーコンセプトでお相手して差し上げるしかない、と古川支店の人たちの多くからも旅行中自信を持って姿勢を正していなさいと言われておりました。

予感というべきでしょうか、いつの頃からか、風に乗った雲に誘われるように、百代さんも心洗われるような旅に出たい!とゆー衝動に駆られるようになり、海辺でさすらって見たりはしたものの、ついに前の年の秋、仙台湾の河口から上流の破屋(現・仙台市青葉区葉山町か?)に、クモの巣を払い、ようやく年末になって、春を思わせるような霞たつ空模様の中、まずは新白河の駅あたりまで行けばあとはなんとかなるだろうと思っては見たものの、いつもとちがって、自分のための旅行でありますので、なんとなく気分も多少ざわめいて、しかも、道祖神(●1)の招きに会い、準備も手につかず、洋服、コートの確認、「三里(●2)」に効く消炎鎮痛剤でも飲んでみましょうか・・・

でもやっぱ、松島の月だって気になるし・・・震災以来ご無沙汰していますしねェ・・・
仙石線がだめだったでしょ?
とりあえず今住んでいるところは人様に譲って杉風さん(●3)の別荘まで行ってみました。

草の戸も住み替はる代ぞ雛の家

 私が住んでいた頃は、社宅といっても雨風凌ぐ程度の家でしたが、ほかの方がお住まいになれば
 雛人形でも飾っていただけるような華やかなお宅になってくれればいいわね~

といった句を、次の住人さんにプレッシャーがかかるよう、玄関先にかけてきました。

そしてね、皆さん、何十年て社宅に住んでいましたでしょ?
でもね、家の前の道、区の道らしいのですが、私のブロックだけ細いんですよ!
ちゃんと区画整理やったのかしら?!
「区の細道」って言われているんですって。私今の今まで知らなくて・・・

(●1)古来道は現世と冥府を繋ぐものとされ、道祖神はそれぞれの世界に住む者が容易に行き来できないよう見張り番をしてきたとされています。しかし粗末に扱うと、自分の望まぬ世界に送り込まれるとか・・・また、漢字の「道」という字ですが、むかーーーーしの中国で道路を歩くときの魔除けの呪術の道具として重用されてきたのが「なXくX」だったことから、道はこの字になってしまったようです。
(●2)膝のところにある、「疲れ、痛み」を教えてくれるツボとされております「さんり」。
(●3)「杉風」という人物で、芭蕉さんの実在の友人ということになっていますが、それは、芭蕉さんがどれだけフィクション性を重要視しているかによると思われます。
・・・あたりまえのコメントだな~・・・。


おおおおおッ!!!「区の細道」 笹かまぼこ 篇 ぢゃなくて

                 旅立  了