「ねェ?トンネル餅は??」 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

温泉の話を書いているうちに、母の実家の仏間で起こったチョット変わった話を思い出したので
皆様にご紹介しようと思います。


今から40年ほど前なのでもう時効でしょう。
今までも、何回となく思い出しては、きっと、何か偶然や、勘違いが重なって、自分の頭の中だけで
混乱しているんだと、今まで思い続けて、誰にも話したことはありませんでした。


岩内線がなくなる丁度10年前の夏、岩内線沿線の父方のイトコ(といっても私は高校修了時、
相手は社会人)の家に遊びに行った帰り、「小沢まで送ってやる」といってくれたイトコの好意を
踏みにじった私は、岩内線の「キハ21・単行」にのって小沢で降りました。


そこで、「トンネル餅」を買って(イトコに買うところを見られたくなかった・・・というのもありましたが・・・)、
札幌の着いたら母方の実家に押しかけ、しばし、仏壇に乗っけて、帰りは回収して
自宅に持って帰ろうという、今思い出せば、<そのせこさ>が「ご先祖様のご不興をかって」
怒られたのかな?とも思えることが待ち受けていました・・・・


母の実家に着くと、祖母に、
ーーー私が小学校時代、札幌ー寿都を往復したときにオヤツにたいそうお世話になった
「小沢駅の<トンネル餅>」っていう銘菓だよ。
半分、皿に持って仏壇へ、半分はみんなで食べよう(といっても、私、祖母、母の兄の妻の3人でも
一人1-2個ってトコです)ーーーと言ってみました。
私は皿に持った分を「持ち逃げ」する予定だったのです。


チョット暗くなってきたので、
「おれ、もう一回御参りしてから帰るわ」
といって仏間に入ると、トンネル餅がありません。
「ねェ、トンネル餅って供物として認めてくんなかったの?」
すかさず祖母が、
「一番若い身内が、少ない小遣いからわざわざ買ってきたオミヤだよ、飾らないわけないぢゃないか!!」


その時、かすかに「げっぷを押し殺したような」息を吐く音が聞こえたような気がしました。
祖母の顔を覗き込むと
「いかにもしまった」といった顔つきでした。

「このことオバちゃん(母の兄の妻)しってるの?」
ときいてみると
「いいや」という返事でした。
・・・ご先祖様が食べた・・・?



帰りは、はじめの祖母、オバとオバの長男、すなわち私の母方のイトコに見送られて帰りました。
イトコに
「帰ってきたら教えてよ」
「お前が玄関から出ようとしていた直前だよ。
教えられるわけないだろ。」


ホントーでしょうか?


コーやって振り返ってみると、目に見えないメンバーを一人置いて考えるのが、一番楽に全部説明
できますが・・・


それって、安易ですよね・・・?