政府が高校で、日本史の必修化を検討していることが、本年1月5日あきらかになりました。
予定としては、2017年度に学習指導要領を改定、2019 or 2020年度に日本史を必修化するという計画というものです。
古い話で恐縮ですが・・・
私の高校時代、昭和47-50(1972-75)年、の社会科は、
高1:地理
高2:世界史、倫理・社会
高3:日本史、政治・経済
という組み合わせでした。
ついでながら、理科は、
高1:生物、地学
高2-3の2年間:物理、化学
今の理科・社会の大学の本試験受験科目は、数ある科目の中から、理系は理科2科目、社会は1科目、、文系は理科1科目、社会2科目を選択することになっていると思います。
この方式は私の受験時代から、変わっておりません。
さらに私事ですが、私の現役、一浪時代とも、社会は高校時代得意だった「日本史」を選択したかったのですが、受験校の社会の選択肢に「日本史」はなく、やむなく「世界史」で受験しました。
今回、「なぜ、日本史を必修に」ということになったのか?について、はじめに、読売新聞さんの記事の内容をご紹介させていただきます。
日本史は、他の社会科科目と等しく選択科目でありますが、海外で活躍する日本人が増える中、自国の歴史を充分に学び、理解している人材を養成すべきと判断した、とありました。
必修化までの大雑把な進め方は、文頭にお示しした通りであります。
現行の高校社会は、1989年の指導要領の改定で、「地理歴史」と「公民」にわかれ、「地歴」の中で世界史が必修になり、日本史と地理とで選択となりました。
それ以前も、日本史、世界史、地理は選択性でしたが、「国際化」への対応を優先した結果、学校現場で「日本史軽視」の風潮がひろがったようです。
文部科学省によると、現在3-4割の高校生が日本史を勉強せずに卒業していると考えられるとありました。
しかし、「国際化」への対応を優先した結果、学校現場で「日本史軽視」の風潮がひろがったようです、とするのはあまりにも短絡過ぎませんでしょうか?
もしそうであれば、地理は選択肢の中で日本地理の分野も点数が下がっているはず ということになるのではないでしょうか?
受験科目の選択をどーするか?何ぞは、受験生と受験科目との相性、その大学の受験科目の難易度で決まるようなもので、難問奇問を出しやすい日本史が、嫌われるのは当然、では、高校3年間内でもやってもやんなくても同じくネ?とかなりません?
私は、日本史の履修率を下げた原因は、「必修科目化しなかったから」ではなく、「ジューバコの隅をつつくヨーな、細かすぎる履修要項が学生のモチベーションを下げているだけでなかったかと思います。
本題に入る前に、どーして私が日本史が得意だったかと申せば、それはやはり、「鉄がらみ」で・・・(皆さんにメーワクだから、早く次行くぞ!)
☆学生時代の私の「日本史・世界史」に対するイメージ
・単位数から行って両方とも内容が膨大です。
たしか、世界史は第二次世界大戦直前で終了(先生がこれ以降は、入試に出ないから
やらないよ、といった)。
日本史は昭和31年GHQ解体までです。
・日本史はある程度話がまとまって、一貫性があり面白いのですが、時として、途中で、
法隆寺の壁画に描かれていた「聖徳太子像(当時はだれも太子以外の人物だなんて思っても
いません)」にレントゲンをあてると、ひげはあとからつぎたされたものらしいということがわか
り、「ぢゃ、あの、ホーリュージの人はだれ?聖徳太子っていたの?日本で一番最初に忍者
(志能便・しのび)を使ったのは聖徳太子ってのはデマかい?」などと大騒ぎでした。
・一方世界史は、抑える地域が、ボーヨーとしすぎていて、横のつながりはあまり教えてくれま
せん(*)でしたし、あまり面白いといった印象は残っていません。
(*)今もあるかどうかわかりませんが
①「地図でおぼえる世界史」河合塾、2001年価格1200円+税
②「世界史もわかる日本史」河合塾監修、じっぴコンパクト新書、2012年価格762円+税
はいい本だと思いました。
(河合塾からナンカもらってる?・・・イーヤ・・・声が小さいね?・・・そーお?)
☆今日本史を必修化にすることの大変さ、メリットがさほどなさそうにと申しますか、成果が出るのには時間がかかるということで終わってしまいそうだということを、お役人はきっと理解していないのだと思います。
①繰り返しになるかもしれませんが、日本史が必修科目ではなかったから履修学生が減ってしまったのは、確かに「日本史軽視」といってしまえばそれまでですが、「日本史の面白さを伝える先生」が少なくなったせいだと思います。もしこのことが、教えることの経験が土台になっているのであればいきなり4-5年先に必修化を計画しても、「オモロイ日本史の授業」が定着するのには10年はかかるでしょう。
失われたものを元の水準に戻すということは大変な汗水と根気と根性が必要なんです。
②私が学生の時、両方の歴史は時間が足りませんでしたし、私の子供たちに聞いても最後の方は急いで大変だったということです。歴史は今後とも増えはしても減りはしません。物理、化学のように1.5-2.0年の履修の年限がいずれやってきそうな気がします。そのときも、必修とするのでしょうか?暗記物が得意ではない人間にとってのマラソンのような2年の必修授業はきついでしょうね。
私の歴史の先生が「もうこの先はでないよ」といっていた、昭和10(1935)年から現在までの歴史。山場が目白押しとなりました。一部は、政治の方がふさわしいと思われるような項目もありますが、竹島・尖閣の国境策定問題。どうして社会問題になっているか?は「政治」の問題になってしまいますが、「ここの島の国境は西暦XXXX年を以ってどのように変化したか図示せよとでもすれば立派な歴史問題です。
また受験問題には、世界史は授業からして不連続なため難問奇問はあまり出しづらいのでしょうけれど、日本史は解っている分野からであれば、教科書・副読本を通り越して歴史小説からの出題もあり得ます
たとえば、
「遣唐船の一隻の乗船定員は約何名だったか:早◆田・文」
上の問題は明らかに、点差をつけようと狙った問題で、私が知る限り、当時、どこの教科書、副読本にも定員は載っていませんでした」。
答えを知りたい方:井上靖氏の「天平の甍」御一読ください。どこかに載っています。(載っている付近を忘れました)。
こんな面倒なこと高々4年の準備期間で大丈夫ですか?
それではもう二問ほど、
「赤穂浪士の討ち入りは12/16と満月の翌日(十六夜)オマケに討ち入る直前に「山鹿流陣太鼓」を打っています。
行動で一番大事なことは、奇襲作戦で、しかも門前まで隠密裏に事を運んできたのに、どうしてここで敵に自分たちの接近をばらしてしまう行動を取ったのでしょう。それに満月に近い夜というのも奇襲攻撃日としては不自然です。自分なら新月の夜を選びますがいかが」
「初めに、神様が泥の塊をおとして、主要四島を作るのに降臨されたと伝えられる、高千穂・高天原が邪馬台国の候補にどうして挙がりませんか?」
「ついでに、投馬国が「鞆」というのであれば、水行*日、陸行**日、灌漑豊かな耕作地、というのに、大田川と広島平野は候補に挙がりませんですの?(実際何も出てきていませんですけれど)」
とにかく、日本史というのは、やればやるほど、突っ込みどころ満載なんです。
日本史を必修科目に 了