東北新幹線、大宮暫定開業1年、昭和58(1983)年7月19日 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

 
社会人1年目の夏休み、東海地方の私鉄を早廻りして、東京からは夜行で(札幌まで)帰ろうと思っておりました。

あらあら何とか新幹線にのれるかも・・・

皆さんご存知のように、東北新幹線、
東京方は
 大宮 1982.8.23 東京から31.3km,上野から27.7km
  上野 1985.3.14
  東京 1991.6.20
と比較的ゆっくり延伸しました。

<新幹線リレー号>
 
新幹線リレー号は185系(転換シート)14輌編成、30分ヘッドで28.5往復。
写真は左側に駅名票が見えますが、上野駅頭であります。
このころ初乗りは120円でしたがあとは一切覚えていません。
大宮まで無停車で、所要時間は26分。表定63.9km/hrとコミコミ線区ですから、ノンストップでもこんなもんでしょう。

大宮からは盛岡行き「やまびこ」が13.5往復、仙台まで各停の「あおば」が4.5往復設定されておりました。
開業時はしばらく、「E編成といわれる12輌編成」のタイプで座席は2+3で2列は回転リクライニング、3列は集団見合い型リクライニングだったように記憶しております。
東海道新幹線の青線ばかり見慣れておりますと、始めの頃は、この緑線がやけにぶっきらぼうに見えました。

<盛岡行・やまびこ、大宮駅>
  

さて、函館についてみますと、取ってあったはずの自由席特急料金が見当たりません。
これですべてが氷解しました。
やっぱり新幹線に乗る金は最初からなかったのです。
道内特急の金を新幹線に使ったようでした。

「おれ、これから社会人やっていけるんだべか?」
帰路は一気に暗転して普通列車での帰宅となりました。

ま、でも初物に乗ったからシューカク+か?
                             了

※当時の記憶をたよりにかきました。運転本数のみ時刻表で確認しましたが、
  どこか間違いがあればご指摘ください。