1日すぎちゃいましたけど・・・1945.8.12の話 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

1945(昭和20)年8月12日のことをちょっと・・・

①国体護持を条件にポツダム宣言を受けた日であります

②ソ連が対日宣戦を行い8/15をすぎてもチョッカイをだし続けておりました。


●世界のスーセーからいきますと、①の方が大事件でありますが、我が家のジジョーでは②の方が一大事ですので②を先に


②についてはまず戦力比較しますと

*日本側:約百万人・・・・・・*ソ連側約160万人+モンゴル軍16000人

う~ん、日本人得意の白兵戦頼みだったら互角かも・・・?


実情は・・・

◆日本軍の中で装備が把握できているのは、全軍の70%を占める関東軍で、

火砲約1,000門(小口径砲などすべてを含む)、戦車約200両、航空機約350機(うち戦闘機は65機。練習機なども含む)

◇ソ連軍装備

火砲26,137門(迫撃砲含む)、戦車・自走砲5,556両、航空機3,446機


一番長いところで9/5まで戦闘状態にあったと伝えられております。


結果

◆日本軍

 ・戦死+戦傷:役84000人

 ・捕虜:約60万人・・・・・・・☆

◇ソビエト・モンゴル軍 

 ・戦死:約9700人

 ・戦傷:約24000人


☆この中からソ連国内へ送られた強制労働者を「シベリア抑留者」とまとめて呼んでいますが・・・実際にはモンゴルや中央アジア、北朝鮮、カフカス地方、バルト三国など多方面へ捕虜を送り出しています。

1945年11月になって、日本政府は、関東軍の軍人がシベリアに連行され強制労働をさせられているという情報を初めて得たことになっていますが?情報収集の時期の真偽のほどは不明です。情報の把握としては遅いような気がしますが?


少なくとも、ソ連の対日参戦の時点では旧・満州に関東軍総司令官+第一方面軍+第三方面軍と4つの軍という7つの上級司令部、樺太・千島の防衛についていた第五方面軍と序列の2個師団。

後者はともかく、大陸にあった軍隊が何も情報を得られなかったとは・・・信じられません。

トカク、日本の軍隊は情報戦に敗れたといわれていますが、関東軍の情報部は優秀でした。

それとも、共産圏の情報管理のガードが堅かったのでしょうか?


それから・・・

皆さんは、旧・満州の軍隊は、一般人を見捨てて我先に逃げまくっていた軍人の話ばかりお聞きかもしれませんが、1個中隊程度の人員(150-200人)で相手の1個師団(12000人)を8月いっぱい進軍を阻止、自らは全滅してしまったといった部隊も少なからずあるようです。


上のような事例をひっくるめて、抑留者数をわかりづらくさせているのは、そういった持久戦が多かった製もあったからでしょうか・・・


こうなると、かえって、公平な第三国の歴史家の調査した数値が案外正確なことが多いようです。

◇スターリンはポツダム宣言の時には、他国の代表と共に捕虜に対して暴力的行為を加えないと誓約したが、実際は約束がまもられることはなかった。

◇現在、戦後ロシア人が住んでいる地域に、昭和20年当時日本人は、軍人、軍属、一般人約270万人が住んでいて、


抑留者は107万人、最長抑留は1956(昭和31)年まで。


アメリカの研究者ウイリアム・ニンモ著『検証-シベリア抑留』によれば

確認済みの死者は25万4千人、行方不明・推定死亡者は9万3千名で、事実上、約34万人の日本人が死亡したという記録が一番信憑性があるものとして基準となっています。


 現在、ロシア共和国では「あれは非人道的、すべきではなかった」とは言っていますが、「ゴメンチャイ」といっているのは聞いていないように思います。


ロシアのエリツィン大統領(当時)は1993年10月に訪日した際、「非人間的な行為に対して謝罪の意を表する」と表明したといっていますが、日本がアジアの国々、特に南北朝鮮に毎年びくびくしている?態度とは全く違って誠意は感じられません。


 私の伯父の一人(満洲独立歩兵大隊配属、故人)もシベリア組の一人ですが(なので話の内容は「みりたり」ですがテーマは「身の回りのこと」なのです)、1951(昭和26)年に帰還。元の健康な体を取り戻すのに2年ほどかかったと聞いています。酒を飲むごとに「戦争はもーいーね」と。


その影響を受けてか、私は護憲派です。


肝っ玉ちーせーこと言ってんぢゃねーよ!!これから、日本も応分の世界平和に貢献せにゃならんだろーさ!!!とお叱りを受けるかもしれませんし、武器をもつこと、それを用いて周囲をパトロールすることは抑止力ともなる、いずれも正しい見解と思います。


それでも、武器があって「抑止力」の範囲で動いているうちはまだいいです。

また、訓練中の事故がゼロであればいいです。

福祉などが満ち足りていればいいです。


日本は満足していますか?

「だーかーらー、肝っ玉チーセーこといってんじゃねーよ!!」

「すいません。」


ねむくなってきたのでポツダムは来年のネタにします