北海道・太平洋岸の方々には申し訳ないのですが・・・ | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

7/28日曜日、私は、職場のヤボヨーとやら・・・よーするに半日勤務をおおせつかりまして、午前11時から午後4時まで働いて?といっても、ただの、デスクワークだけと申しますか、保安要員と申しますか、恐らく監督官庁への人数合わせ以外の何物でもないような半日を送ってきたのでありました。

ところが、朝、出勤時、夕退勤時、いずれも室蘭地区の大雨で、札幌駅の構内アナウンスでは、函館行き特急、本州連絡寝台列車が運休になったことが告げられていました。

さらに?帰りは??「小樽廻り臨時特急を運転することになりました。発車は・・・。停車駅は・・・」
とアナウンスが始まりまして、真偽のほどを確認したかったのですけれど、オウチにかえる区間快速の時間が迫っていて、それはできませんでした(7/29朝刊にて運転されていたことを確認いたしました)。

帰宅して・・・モクモクと心中に沸き起こってきたのは、初めて本州旅行に行った日のことでありました。
・・・・・それは・・・もう 昭和36(1961)年ですから、52年前のことで、私が鉄ボーズになりたての頃であります・・・
・・・・・・札幌駅アナウンスが元で、こんな思い出話を書くきっかけとなってしまっただなんて全く不謹慎なのですが・・・・

後年「まりも」は、函館ー札幌+札幌ー釧路と二分され、釧路ー札幌間列車が「まりも」あるいは「狩勝」の一派になったり、札幌ー函館が「ていね」あるいは「ニセコ」の仲間になったりしましたが、

元々は、「釧路-札幌-函館・通しの急行」で、その時代の「まりも」に乗ったのは、当時、岩見沢から函館線と分かれる幌内線・三笠市に私は住んでおりまして、そこの幼稚園をさぼり、 岩見沢-札幌-函館と乗車したのが唯一の経験でありました。父の東京出張に「オネダリ」でついていったのです・


全線二等座席車・・勿論座席指定 などではありませんでしたが、普段乗っている茶色の客車とは”格が違いそうな「青い客車での大旅行」"にただただ単純にコーフンしておりました。


おそらくスハ43の一党と思われますが、座席の窓側にも肘かけが付いていたのには大変な高級車に乗った気分でありました。


ほかに、乗り物関係でキオクにあることといえば、
青函連絡船が絨毯敷きの一等ます席だったこと、本州側の連絡列車が 寝台専用急行「北斗」であったこと以外、旅程の細かい内容はほとんど覚えていませんが、

急行なのに、「まりも」は一部の準急(準急・夕張)さえ通過する江別に停車したのはある意味 衝撃的でした。(この「まりも」は急行と言っておきながら準急以下なのだろうか・・・?)

実は、このころ、「夕張鉄道」が夕張本町ー栗山ー南幌向(みなみほろむい、後南幌・なんぽろ)-野幌と急行ディーゼル車を約6年間に亘って運転しており、距離では不利な国鉄は、夕張-札幌間速達列車を、「準急」と設定、岩見沢ー札幌無停車という「サービス列車」にしました。モチロン、こんな事情はずーーーーっと後になって知ったことですが。

本州での、国鉄VS私鉄となりますと、東武VS国鉄・日光線の豪華車輌争いですとか、近鉄VS国鉄の名阪間のスピード&車輌&フリークエンシー対決ですとか、なんとなく、勇壮かつスマートで華があるような気がいたしますが、北海道の場合は特に・・・その・・・何ということもなく・・・ネェ・・・次ですね・・・

私が、最近のコンピューターの合成音の車内放送に嫌気がさし、
また、幼稚園時の時、急行「まりも」の車内放送を聴いて感動に次ぐ感動!!
「列車の車掌さんていろんなことを知っていて、なんてカッコいいんだろう」と・・・


昭和36年頃の道内の鉄道事情を思い出しつつ・・
ウロ覚えのところは当時の時刻表で補充しつつ、「札幌駅到着間近」の昔風の車内放送をやってみたいと思います。

「♪♪♪
皆様 本日は急行「まりも」をご利用頂き、まことにありがとうございました。
あと5分少々で札幌に到着です。

連絡の列車、ご案内申し上げます。

函館線、各駅にとまってまいります普通列車小樽行き 9:16。
小樽よりさらに遠くへおいでのお客様、函館行き普通列車10:05、
千歳線普通列車苫小牧行き9:47、

札沼線石狩当別行き9:58、同じく札沼線、石狩沼田行き10:42。
沼田行き 発車まで時間がございます。駅待合室にてお待ちください。

当列車札幌には約15分停車いたしまして、前3輛の寝台車を切り離し、9:05の発車です。

続きまして、
札幌より先の停車駅と主な駅の停車時間をご案内申し上げます

札幌をでますと 次は小樽築港、続きまして小樽。
小樽には9:50の到着です。続いて余市、小沢、倶知安。倶知安には11:13。
続いて長万部、長万部には12:51到着。 続いて森、終着函館です。
終着 函館には15:06 3:06の到着です。途中八雲、軍川には停車致しませんのでご注意ください。

なお接続列車につきましては、その都度ご案内してまいります。

また函館より青函連絡船ご利用のお客様、函館が近づきましたら、乗船名簿をもって、
車掌がお席までお伺いいたします。
その際恐れ入りますが、 お客様のお名前のご記入と、船内でのご利用の等級、
1等、あるいは2等の別のご指示をお願い致します。

間もなく札幌到着です。お降りの方、そろそろお仕度をして、お待ちくださいませ。

列車1番ホームに着きます。お出口左側です。」

*******************************************************************

*余談ですが、C62が北海道に初上陸したのが昭和36年でしたので、私は
C62で旅行してきたのかもしれません・・・

%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

●昭和36(1961)年10月の「まりも」編成表

[ニ][ユニ]①ネC②ハネ③ハネ④指ロ⑤自ロ⑥シ⑦ハ⑧ハ⑨ハ⑩ハ⑪ハ

#:下り・函館ー根室、上り・函館ー釧路、①-③:札幌ー釧路、④-⑧:函館ー釧路、
⑨-⑪:記載漏れ・・・でも、ドー考えても札幌ー函館しかないと思いませんか?



●昭和39(1964)年10月の「まりも」編成表

[郵][荷]①寝B②寝2③寝2④寝2⑤寝2⑥寝2⑦2⑧2⑨2⑩2⑪指2⑫指自1⑬指1⑭食⑮指2⑯指2

①-⑥:札幌ー釧路、⑦-⑫:函館ー札幌、⑬-⑯:函館ー釧路

昭和36年から39年のたった3年の違いですが、設備の充実度の進展に驚かされます。
特に全区間食堂車連結(「シ」「食」の車輌)はうらやましいですねー!!

■編成表参考書:時刻表に見る<国鉄・JR>列車編成史 三宅俊彦・寺本光照共著、Can books P45,P58 JTBパブリッシング、2011年9月1日発行