研修抜け出して大目玉食ったお話 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

社会人になって3年目、昭和60(1985)年、研修最終日のことでした。


大体、午前中に総まとめらしきことをやって、昼食を4-5人のグループで別れてたべて、研修部隊のウチのトップが「夜の打ち上げまで自由行動。**時に++の◎◎に現地集合!」


みんな、特に下の連中は喜びましたよ。

次の日、ヒコーキで札幌に帰るまで、最終日の夜もズ~っとおべんきょーかしら?と思っていたところに、このはからいでしょ?


上の人間もなかなかやるじゃん!


私は、ひとり、そぉ~~とぬけて山手線をひと駅分歩き、そこから新宿まで山手線で新宿へ・・・

さらにオダキューでびゅーんと湯本の■■の日帰りコースでゆったり・・・


もちろん、約束の時間の30分前には、店の玄関の中にいましたよ・・・


ところが、トップが

「こら!カラス!!ひとりでどこ行ってた!!!だれも個人行動を許すとはいってなかったはずだぞ!!!!・・・」

からはじまって、約15分ほどコッテリアブラ絞られました。


それって約束と違うくネ?


すっかり湯冷めしてしまいました。


当時、新宿・箱根湯本間の車両が3100型で、有料特急料金が500円だったと思います(現在870円)。