むかーし、昔、「毛の国」てぇーのがありまして、そーですねー、西暦720年頃のお話でしょーか?
養老律令では、旧国名をその土地のイメージに合った「一文字であらわせ」ってんで、すでに「二毛作」が行われていたので「毛の国」ですとか申しておりましたようで、
一方、時の光明天皇は当時「古事記」「日本書紀」など大和朝廷には、歴史書があるのに「どーして地図チョーがないのよ!!」・・・プンプン・・とご機嫌大変斜めでお遊びにあられました。
側近のものが、「大君様、御温(おぬる)があがりますれば・・・熱でるぞ、おら・・・」と、おいさめ申しましても、怒りは収まりません・・・ちょっとぉ・・・この時期って、もう関西弁だっけ?・・・
「はよ、<風土記>を編纂せーや。新国名は、今までの旧国名のイメージを壊さず、かつ、良文字ニ文字で表すように、 えーな?。」
毛の国の新国名はもうできとるやないか?え?<毛野国>やて?マンマやないか!
この光明ともあろうもの、これだけなめられて黙っとるわけにはいかへん!
馬を曳け!出陣や!!
毛の国には「毛野臣・けぬのおみ」殿と仰せの大豪族がいて、それにちなんだ名前でいまさら変えられんと?そこと一戦交えたら、大和朝廷も危ないって?
なんで、そないな、肝心なこと先にイワン。まえーわ。「毛野国」で認めようやないか。
側近がほっとしたのは言うまでもありません。
それにしても、光明天皇陛下、女帝なのですが、コンナに気丈な方だったのかどうかは、私は責任持てません。
そこを一本の川が当時から流れており「毛の国の川→毛の川」それが、発電事業に使われるまでは、結構な暴れ川だったそうで、いつしか誰言うことなく、「鬼怒川」になったとか。
でも、氾濫河川のイメージとしては、「鬼怒川」がぴったりですね。
そして、時代が下がると「毛の国」も。上下に別れ、現在の群馬一体を「上野毛の国・かみつけのくに」、栃木一体を「下野毛の国・しもつけのくに」と分けて呼ぶようになりました。
途中に入っている
「かみやしもの次の<つ>は連体格助詞で所属をあらわします=<の>と同じ役目」
→まつげ→ま・つ・げ→目(まなこ)・の・毛
・・・で、だんだん字をたくさん書くのもめんどくさくなってきて、後世「上野・こうづけ」「下野・しもつけ」となったわけですが、これだけみると、「つ」はどこからきたのかしら?
漢字の「野」は英語のサイレント文字にあたるの?
JR両毛線というのはあるけれど、どこの毛とどこの毛をつないでいる鉄道?などと、まったくわからなくなりましたとさ・・・